源氏物語

源氏物語たより246

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   奇貨居くべし  源氏物語たより246

 『史記 呂不韋伝』に「奇貨居(お)くべし」という言葉がある。呂不韋(りょふい)という豪商が,趙の都・邯鄲(かんたん)に赴いていた時に、秦の公子が、この国に人質として身を置いていた。この公子の人となりの尋常でないことに眼を付けた呂不韋は、財を惜しまず支援することにした。これは「奇貨だ」と思ったのだ。今この奇貨に投資しておけば、後に莫大な価値となって跳ね返ってくるだろうと読んだのである。
 彼の読みの通り、この公子は後に秦の太子となり、やがて秦の王(荘㐮王)となった。呂不韋はついに丞相(じょうしょう)となり、秦の政治の中枢を担うようになった。
 ちなみに荘㐮王の子供が秦の始皇帝である。(実は呂不韋の子供であるのだが)
 この故事から「奇貨居くべし」という言葉が生まれた。「珍しい品物だから、後日の利を得るために、今買っておこう」という意味である。

 明石入道は、この呂不韋と同じように光源氏を「奇貨」として、娘を流謫中の源氏に捧げた。
 源氏は、二十六歳の春、時の権力者の怒りをかって、自ら須磨に流れてきた。いわば犯罪者である。これを奇貨とすることは、命がけの賭けである。その賭けが当たったのだから、入道は、呂不韋に劣らぬ慧眼の持ち主と言わなければならないだろう。
 源氏は当時近衛大将であった。近衛大将が流謫の身になるということは、北朝鮮のナンバー2が失脚するのに等しい。京を震撼とさせたこのニュースは、明石にも即刻流れてきたはずである。
 入道は、源氏が須磨に流れてきてから半年後の秋、こう決心するのである。
 『吾子の御宿世にて、おぼえぬことのあるなり。いかでかかるついでにこの君にたてまつらん』
 「わが娘には思いもかけない宿世があるのだ。この機会に何としても源氏さまに娘を差し上げよう」ということである。このように考えるに至った経過については後に分かるのだが、とにかく彼の「娘を源氏に」という大望は異常なほどの執念になった。
 源氏が須磨に流れてきたすぐにも、そうしたい気持ちはあったのだろうが、それでは中央の咎めを受けることになるだろうし、源氏にも迷惑をかけることになる。この間、彼は、源氏という男の人となりも計っていたのかもしれない。
 その結果、彼は「間違いない奇貨だ」と踏んだのだ。ただ、天皇の子どもである源氏が、受領崩れの娘をそうやすやすともらってくれるとも思えない。彼は、その思いを実行する機会をじっと待っていた。そして、チャンスは一年後の春にやって来た。

 須磨に想像を絶する暴風雨が吹き荒れたのだ。雨は地を通すほどに降り、風はすべてのものを吹き散らす。海面は屏風を立てたが如く盛り上がる。雷は鳴り閃いて落ちかかるすさまじさである。しかも何日にもわたって天も地も海も荒れ狂うのだ。ついに源氏の住まいに雷が落ちて、一部が焼けた。
 一人経など読んで心を鎮めていた源氏ではあるが、さすがに
 『この住まい耐へがたく思しなりぬ』
ほどに困憊(こんぱい)したのである。
 それでも雨風は止まない。どうにも困じ果てて、思わずふと眠ってしまった時に、故桐壺院の夢を見る。院はこう源氏に伝える。
 『住吉の神の導き給ふままに、はや舟出して、この浦を去りね』
 まさにこの時である、雨風の止んだ瞬時を見計らって、明石入道が舟で須磨に急行したのは。入道は、これを千載一遇のチャンスと思ったのだ。「この天災地変には、さぞ源氏さまも困窮、困憊し尽くしていることであろう、迎えに行けば必ず応じられるはずだ」と。入道は、源氏の家臣・良清に案内を求めた。案の定、源氏は、
 『はや、逢え』
と、良清を急き立てる。そして源氏は、こう入道に伝言するのである。
 『嬉しき釣り舟をなむ。かの浦(明石)に、静やかにかくろうべき隈、侍りなむや』
 彼にとっては「静かに身を隠す場所」などはどうでもいい、とにかく須磨を去りたいのだ。
 この間の源氏の切羽詰まった息遣いが伝わってくるほどの緊迫感溢れる物語の展開である。
 源氏が須磨に流れてきて一年、「中央の源氏断罪に対する考え方も若干は変わって来ているかもしれない、今なら源氏さまを支援しても、さしたる罪を得ることもあるまい」とも彼は読んでいたのだろう。そこにうってつけの暴風雨・雷がやって来たというわけである。

 なんとこの時、都でも風雨が吹き荒れていたのだ。都からやって来た使いの者が、源氏にこう伝えている。
 「京では、風雨のためにすべての道が閉ざされ、政(まつりごと)も絶えている。この雨風は、いとあやしきものの“さとし”と思って、内裏では祈祷をしているようだ」
 「さとし」とは、「啓示」のことで、何かの前兆であると、都人は怖れているのだ。この啓示は、かつて菅原道真を大宰府に流して、都に災害がもたらされたという事実を暗示しているし、それは源氏の左遷をも指している。都人は源氏の祟りを恐れ始めていたのだ。時は入道に味方した。
 これも入道が何年にもわたって信心してきた住吉の神のお導きである。故桐壺院のお告げも住吉の神に関するもので、入道の信心と院のお告げが符牒を合わせた。
 こうして大望かなって源氏を明石に迎えいれたが、入道は思いをなかなか源氏に伝えることができない。なにしろ源氏は、入道が恥ずかしくなるほどの立派さなのだ。あからさまに源氏に「娘を」などとは切り出せない。彼はいじらしいほどに狼狽える。
 『いかで、思ふ心をかなへんと、仏・神をいよいよ念じたてまつる』
のである。それでも、ことあるごとに娘のことを源氏にほのめかす。

 しかし、明石の君と源氏が結ばれるのは時間の問題であった。間もなく、明石の君は女の子を産む。この姫君を紫上が母親となって立派に育て、入内させる。そして、姫君は男の子を産み、この子が東宮になる。明石姫君は押しも押されもしない歴とした女御である。やがては中宮にまでなっていく。入道の大望は見事に実を結ぶ。もっともこの頃、入道は疾うに世を去っているのだが。
 明石入道が、財をつぎ込んだ「奇貨」は、真実たぐいなき奇貨であった。


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