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郷愁

大空に散る

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   大空に散る ~小さな歴史の一ペ-ジ~

 スペ-スシャトル・コロンビアが7人の乗組員とともに大空に散った。あの時のテレビの映像は今でもまぶたに鮮明に焼き付いている。コロンビアは1981年以来、16回の飛行だったという。スペ-スシャトル全体では、あの事故までに112回の飛行をしていたが、チャレンジャ-の事故以来の2度目の惨事になったのだ。
 この2度の事故が、果たして事故発生の確率として、小さいのか大きいのかは知らないが、大空での事故は、即、乗組員の玉砕につながる。その意味で、一度でもあってはならないことである。
 
 この事故で思い出すのは、終戦間際の日本軍の航空機事故のことである。飛行機の墜落事故が3回も、4回もあったのを目の当たりにしている。そして、いずれの墜落現場も、5歳の私ですら見に行けるほどの近くで起こったものばかりだ。その時の情景は今でも鮮やかに記憶に残っている。
 
 まず、一つ目はこんな情景である。
 家の近くの畑で母親が仕事をしていて、私も母親のそばをうろうろしていた時のことだ。 我々の上空を一台の戦闘機がゆっくりと旋回するように飛んでいくのが見えた。すると、どうしたことか、搭乗員が操縦室の窓を開け、ハンカチを我々に向かって振りはじめたではないか。その飛行機は、「あれよ、あれよ、」という間に高度を下げ、2kmほど離れた原に墜落していった。
 なぜあの搭乗員はハンカチなど振っていたのだろうか。もし、パラシュ-トで脱出するつもりなら、ハンカチなど振っていないで素早く脱出すればよかったのに。パラシュ-トが降りてきた記憶はないから、恐らく機体とともに散っていったのであろう。
 
 二つ目は、こんな情景であった。
 夕方、私の屋敷の庭で焚火をしてみんなで火にあたっていた時のことだ。
 突然我々の頭上すれすれを、4、5人乗りの大型飛行機が西の方向に飛んでいき、たんぼを越えた向こうの林に墜落していった。我が家からは500メ-トルほどしか離れていないところだ。
 我々は、「それ!」とばかりに事故現場に飛んでいった。機体は炎上していなかったと記憶しているが、搭乗員が無事であったかどうかは覚えていない。ただ、現場に集まっていた村の人たちが、ぼう然とたたずんでいたような気がするから、みな死んでしまったのだろう。
 我々子供は飛び散った機体の部品を拾ったりしていた。特に、“ボウタンガラス”は、擦るといい匂いがするというので、たくさん拾った。一体“ボウタンガラス”とは何のことだったのだろう。どうも、今にして思えば“防弾ガラス”のことではなかったかと思う。ただ、訳も分からず“ボウタンガラス”“ボウタンガラス”と言って、盛んにガラスとガラスをこすりあわせて匂いを嗅いだものである。甘やかなリンゴの香りがほのかにした。食べ物の乏しかった当時の我々には、一時の腹ごしらえになったものである。
 つまるところ、子供にとっては人の命はどうでもよかったのだ。ひたすら“ボウタンガラス”の匂いを嗅ぐことで飢えをしのぎいでいたのだ。食物への本能が優先していたということだ。

 三つ目はこんな情景である。
 これはすさまじいもので、まるで映画のシ-ンのようであった。
 一人乗りの戦闘機が、突然機首を上げ、垂直に上昇しはじめた。そして、頂点に達するや、今度は機首を真っ逆さまにして、きりもみをしながら墜落していった。機首を突然垂直にし、上昇していったのは、恐らくパラシュ-トでの脱出を図ったのであろうが、これもパラシュ-トが開いて降りてきたという記憶がないから、あの搭乗員も機体とともに散ったに違いない。
 この飛行機は、我が家から1kmほど離れた松林の中に落ちた。恐らく大音響がしたはずであるが、不思議なことには音の記憶はない。そういえば、これらすべての墜落事故から、音が掻き消えているのはどういうわけであろうか。
 この時も、我々子供は、大人に混じって、「それ!」とばかり現場にはせ参じた。途中に蓼川という小さな川があったが、我々子供には渡れない。すると見知らぬおじさんが、我々を一人一人抱いて向こう岸に渡してくれた。我々はまた走った。あの松の根本にあいていた大きな穴が、今も鮮やかな印象として残っている。
 
 たかだか、一年か一年半の間に、3機も4機も、日本の飛行機が、私の目の前で落ちていった。5歳の私が覚えている事故がこれほどあるのだから、終戦間際には全国では数えきれないほどの飛行機が、戦闘を交えることなく落ちていったはずである。
 おそらく、当時は、機体の点検や修理などは満足になされていなかったのだろう。しかも、ちゃんとした機体は、南洋などの戦線に送られていて、本土に残っていたのは、まさにおんぼろ飛行機だけであったはずだ。搭乗員は、もう乗る前から自分の命は覚悟していたのかも知れない。そもそも、“愛機と共に”が、日本軍人の本分であったろうから、彼らは、事故が起これば助かろうなどとは思いもしなかったのだろう。
 
 私の中学校時代の担任の先生は、南洋の戦場に行き、ゼロ戦のパイロットをしていたと言っていた。我々を教卓の回りに集めては、よく戦争の話をしてくれた。たいした戦いもない時は、暇をもてあまして、飛行機に石を運び入れ、下を歩いている牛をめがけてその石を落とした、などと話してくれたが、牛もいい迷惑であったことだろう。
 あんなのんきな話をして、あの先生、本当に戦場に行ったのだろうか。まして、戦闘機を操縦していたのであろうか。どうも眉つばではあるが、我々は面白く聞いていたし、本人も飛行機をこよなく愛していた様子であった。
 いずれにしても、そそくさと落ちてくるおんぼろ飛行機や、牛に石を落としているようでは、大アメリカに勝てるはずはなかった。そんなことには多くの人が気付いていたはずなのに、新聞は、連日日本の大戦果を報道していた。
 昭和20年8月30日、マッカ-サ-がわが町、厚木飛行場に降り立った。
 その後、数十年間、アメリカ軍の飛行機が、我が物顔に綾瀬町の上空を飛び回ったのだが、アメリカ機の墜落事故はほとんどない。この間アメリカ機が落ちたのは、たった一回だけである。
 それは、私の町の林の中に落ちた。我々が走りよった時にはすでに現場にはロ-プが張られ、立入りはできない状況になっていた。が、遠くからすさまじい墜落のあとが望めた。なにか、きりもみをしながら松林に突っ込んでいったあの日本の戦闘機の墜落現場に似ていた気がする。
 「パイロットはパラシュ-トで脱出し無事だった。」
と大人たちが話していたのを、「へえ!」と思って聞いていた。この時は、命に対する考え方の彼我(ひが)の差を、子供心に気付いていたようだ。
 飛行機にあこがれる人は多い。
 パイロットやスチュワ-デスが何となく花形であるような印象を多くの人が持っているのも、このことを証明している。 かの慨嘆詩人・石川啄木でさえ、大空を飛ぶ飛行機に素直な期待と夢を抱き、心の癒しとも言ってよいような詩を歌っている。
 
 見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
給仕勤めの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病病みの母親とたった二人の家にいて
一人せっせとリ-ダ-の独学をする目の疲れ…
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
  
 しかし、私は、見るのはとにかくとして、どうも飛行機に乗るのは好きになれない。まして、スチュワ-デスになろうなどとは一度として思ったことがない。旅客機は何度乗っても怖いし、落ち着かない。離陸の時も着陸の時も、極度の緊張を強いられる。1万メ-トルの上空を平行飛行している時でさえ、「このまま落ちたら、あの雲の上にでもひっかかりながら、命を終えるのだろうか」などと思ったりして、尻のあたりがむずむずしてくる。
 厚木基地に接した南側の道路・丸子茅ヶ崎線を自動車で走っている時に、私の頭上をジェット機や大型機が、手に届きそうな低空を飛んでいて、肝が冷えることがある。人は、「飛行機は自動車よりもはるかに安全だ。」と言う。確かに、事故の確率からすればそうかも知れないが、落ちれば終わりだ。
 以前、鹿児島の知覧で『特攻隊記念館』を見て、いたく感動したことがあるが、彼らは死ぬことが前提となっていた。ところが、スペ-スシャトルや旅客機はまったく落ちることは想定してはいない。だが、万全ではないことに間違いはないのだ。
 それでも、今日も羽田から飛び立った旅客機が、私の町の上空を1機、2機と飛んでいく。


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