郷愁

閑話・里芋

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    閑話・里芋

私は、この世の食べ物の中で里芋ほど好きなものはない。
 私が里芋好きだと知ったある人が、わざわざ里芋料理のレシピを持ってきてくれた。それは、相模鉄道が毎月発行している『瓦版』という小冊子に載っていたもののコピ-であった。
 二つの料理法が載っていたが、その一つが『きぬかつぎ』であった。「きぬかつぎ」では、早い話、レシピの中には入らないしろものだ。ただ茹でればそれで料理は終わりだ。しかし、私の嗜好を知っていてくれたということがうれしかったし、私の里芋好きがPRできたことも収穫であった。そのうち『瓦版』でなくて、誰かが本場の里芋でもみやげにもってきてくれるかもしれないからだ。
 私はあまり食べ物にはこだわらないのだが、
 「酒は“賀茂鶴”、刺身は“魚光”、何は無くとも“里の芋”」
とだけはこだわっている。賀茂鶴とは広島の名酒のこと、魚光とは小田急桜ケ丘駅前にある魚屋のことで、ここの刺身はいつも絶品である。
 ところで、「レシピにも入らない“きぬかつぎ”」と言ったが、里芋の料理なら何でも目がない私ではあるが、それらの中でも、実はきぬかつぎを最高の里芋料理と思っている。 
 そのきぬかつぎは、取れたての里芋で、しかも小さめのものがいい。つまり、旬のきぬかつぎこそ最高である…と子供のころから思い続けていたのだ。もっとも子供の頃は“きぬかつぎ”などとしゃれた言い方はしなかった。“ひょっくり芋”と言った。 
 だが、最近、旬のものでもないし小さめのものでもない里芋でも、きぬかつぎにすると意外にうまいということを知った。ともかく、あの不細工な里芋の皮の下からひょっこりと白い実が出てきて、それを醤油をつけるだけでぺろりと食べる、あの咽越しの食覚を思い浮かべただけで身震いがしてくる。
  里芋は、味噌汁はよし煮物もよし田楽もたよしで、まずい里芋料理を食べてみたいと思うほどである。ある人と里芋談議をしていたら、
 「私も里芋が大の好物なんですよ。特にお雑煮には里芋が入っていないと餅の味がしないくらいです」
と言う。「おお、これは私以上の里芋好きだ」とうれしかった。私も、雑煮に里芋が入っていなかったら、正月の味わいは半減してしまうことだろうと思っていたのだ。雑煮に里芋を入れるのは憲法で決められたことだとさえ思っている。大根がなくてもネギがなくてもいっこう構わないが。私は、葬式のお清めの時でも、里芋だけには必ず手を出す。里芋のない葬式は葬式でないような気がする。
 
 なぜこれほどの里芋好きになってしまったのかと言えば、子供のころの原体験というか原風景に由来している。
 里芋は、どういうわけか砂地気味の畑でよく育つ。私の家の里芋畑が砂地だった。この畑からは丹沢や大山が望まれた。飯田蛇笏の
 『芋の露 連山 影を正しゅうす』
の句が、何かこの里芋畑からの風景を詠んでいるようで、すとんと心に入ってきた。里芋の葉の上に朝露などが乗っていて、コロコロ転がる風情がなんとも言えないし、その露を一枚の葉に集めて遊んだりしたものだが、とにかくあの大きな葉には、何か夢があるような気がするし、気分を落ち着かせてくれるものがある。蛇笏の句は、鮮烈で懐かしい作品である。
 さて、里芋を畑から掘ってくると、屋敷の畑の室(1mほどの深さの穴を掘り、麦わらの束をその穴の四角に立て、里芋を穴の底に入れるとその上に土をかぶせ保存するためのもの)に入れる。穴の四角に立てた麦わらは里芋の呼吸を促すためのものだろうが、いつまでも新鮮さが保たれるのだ。そして、必要に応じてその室から里芋を掘ってきては料理する。
 
 ところで、私の原体験になっているのはこういう風景ではない。せっかくの里芋を家族が多いために満足に食べられなかったということにある。ずいぶん卑しい原体験と言われるかも知れないが、私はいつもそのことで小さな胸を痛めていたのだ。
 そういえば、親戚の祭りなどに行った時もそうだった。テ-ブルには里芋がどっさり盛られているにもかかわらず十分食べることができないのだ。なぜかと言えば、何度も里芋ばかりに箸を運ぶのははしたないことに思えたからだ。「剛は里芋ばかり食べる」と思われはしないかと子供心に箸を出すのがはばかられたのだ。そのために、私の胸は張り裂けるばかりであった。「食べられるのに食べられない」苦しみである。
 これらのことが私の原体験となり、「いつかは必ず里芋の国に住むのだ」という潜在意識を形成した。
 芥川龍之介の『芋粥』のように、私も、「もう止めてくれ!」と言うほど里芋料理の出る国に行ってみたいと思っている。朝から晩まで里芋でもいいのだ。里芋と心中してもいいつもりでいる。
 ただ、『芋粥』の主人公・五位は単純な経過をたどらなかった。京都から遠い敦賀までわざわざ出かけた五位が、日ごろの念願かなって芋粥をいやというほど食べられるという、そのいざという時に、妙な感覚に襲われるなだ。
 「…一層強くなったのは、あまり早く芋粥にありつきたくないという心持ちで、それが意地悪く、思慮の中心を離れない。どうもこう容易に“芋粥に飽かむ”ことが、事実として現れては、せっかく今まで何年となく、辛抱して待っていたのが、如何にも、無駄な骨折りのように見えてしまう。…」
 このように、彼の気持ちはまことに複雑に揺れ、そして念願のかなう朝、廊下から庭を眺めると、なんとそこに2、3千本もの山芋が積み上げられているではないか。彼はすっかり食欲をなくしてしまい、一椀の粥さえまともに咽を通らなかった。
 私の場合、里芋の国に行けたとしたらどういうことになるのだろうか。五位のようになる可能性があるだろうか。まずないであろう。なぜなら、五位とは若干状況が違うし、精神も五位ほど繊細ではないからだ。五位の場合は、好きな芋粥がいつもわずかばかりしか食べられなかった。私の場合は、今は食べようとすればいくらでも食べられる立場にいる。ただし、妻の侮りの視線を無視すればの話であるが。
 それならわざわざ里芋の国に行くことはなかろうと思われるであろうが、里芋の国ではどんなに里芋に箸を伸ばしてもだれもなんの非難もしないし、なんの侮りも中傷も受けはしないし、遠慮もいらないのだ。なぜなら、ここではだれもが里芋が好きだからだ。それが里芋の国たる所以である。
 
 以前、秋田県出身の方がいて、彼が中心になって相模川のほとりで『芋煮会』をやったことがある。さすが本場仕込みの芋煮会ですこぶる芋はうまかった。あの時は参加した全員が芋好きで、芋もすぐ食べ終わってしまったので、川の中に入ってザリガニなどをとって鍋に入れて食べた。
 どうやら、里芋の国が見えてきた。そうだ、秋田に行こう。



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