郷愁

星の思い

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   星の思い

 教師として初めて赴任した中学校に、S君という生徒がいた。彼は星に対して極めて強い関心を持った子であった。
 当時は、“宿直”といって月に1度くらいの割で教師が学校に泊まって、夜間の管理をする制度があった。私が宿直の時には、彼が自作の望遠鏡をかついで、「いいですか?」と言って必ずやってきたものだ。そして、彼は、自作の望遠鏡と学校の望遠鏡を校庭に並べて星を観測する。私も付き添ってよく星を見たものである。
 彼から教わった星に関するエピソ-ドは多い。
  たとえば、北斗七星の柄杓(ひしゃく)の柄のはしから2番目にミザ-ルという星がある。この星のそばには5等星があるのだが、二つの星は重なっているように見えて、実は離れている。こういう星を“二重星”という。肉眼では見分けにくいのだが、アラビアではその二つの星を見分けることができるかどうかが、兵士としての資格があるかどうかになるという。
 また、全天の一等星のうちで最も明るく輝く星・シリウスはマイナス1、6等星であるが、この星は不思議な動きをする。恐らく別の星が影響を与えてこういう働きをしているのにちがいないと予想されていたが、やはりシリウスには小さな星が付き添っていた。この二つの星が互いに引き合いながら輝いていたのだ。これを“連星”といって、小さい方の星を“シリウスの伴星”という。この星は極めて小さい星で、太陽の50分の1の大きさにしか過ぎず、“矮星(わいせい)”といわれている。矮星とは星が消滅していく最後の姿だそうだ。この伴星は、非常に小さいのに質量は太陽と同じら、たとえばこの星から親指の先ほどの塊を持ってきたとすると、それだけで一トンもの重さがあるという・・などなど、彼は教師である私に実に分かりよく教えてくれた。
 
 そういう興味深い話を聞いて、私の星への思いは熱くなった。S君のように自分で望遠鏡を作ることも、また買うこともなかったが、双眼鏡を片手によく冬の星空を仰いだものだ。 
  清少納言は、“ものはづくし”といって、「雲は白き。むらさき。黒きもをかし。風の吹くをりの雨雲。」とか、「月は有明の……いとあわれなり。」とか、自然やその現象や様子を彼女なりの好みで上げている。
 星については、「星はスバル。ひこ星。ゆうづつ(金星)。よばい星(流星)すこしをかし、尾だになからましかばまいて。」と、好きな星を列挙している。彼女が第一番に上げたスバルは、秋の星だ。スバルは“六つら星”と言われるとおり、六つの星が固まりになっていて、いわゆる星団を形成している。これをプレアデス星団というのだが、六つも星が固まっているので、双眼鏡で見るには格好の星団である。
 しかし、私は、やはり星を見るなら冬が一番と思っている。冬の夜空は華麗である。まず、オリオンがある。これほどだれが見ても分かりやすい星座はない。しかもオリオンには、“小三つ星”があり、そのそばには“星雲”がある。また、双子座のポルックスやカスト-ルが美しい。それに、何よりあのシリウスがあるのだ。
 ドテラを羽織って、震えながらも眺める冬の星空には尽きない魅力がある。
 私は、随分の年になるまで、お墓が怖くて、お墓のある夜道を歩くのは苦手だった。にもかかわらず、私の家はバスの停留所からたった10分ほどの距離なのに、お墓が4か所もあって、そこを通って帰らなければならなかった。
 ところがS君に、星の魅力を教わってからというもの、「お墓がなんだ!」「なに、燐がもえていたと、それがなんだ!」とばかり、昂然と夜空ばかり眺めて帰ってきたものである。
 星を見なくなってから久しいが、それでも冬の夜道を帰る時に星を眺めていると様々なことを思い出す。
 子供のころ、私の村の秋祭りはいつも9月20日ころ行われた。村人は境内に敷き詰められた蓆(むしろ)の上で、神楽殿で行われている田舎芝居を見るのだが、私は舞台よりももっぱら空を眺めていたような気がする。それほど広くはない境内であったが、二本の銀杏の木の間から満天の星が見えたのである。流星もしばしば見ることができた。もちろん天の川は一点の曇りもなく見えた。境内にはいくつもの電灯が灯され明るかったはずなのに、その明るさをものともしないで、星たちはまたたいていた。
 今、あの天の川はどこにいってしまったのだろうか。せいぜい三等星が見えるのが関の山で、天の川が見えるはずはないのだが、いつか満天の天の川を見たいと思っている。
 
 ずっと後に同僚にこの話をしたら、
 「それならおれの故郷ではよく星が見えるから、来てみないか。」
と言う。さっそく彼の故郷である富山県に行くことにした。ところが、彼の実家は富山市の郊外の高台にある住宅地で、状況は私の町とまったく変わらず、まるで星が見えないのである。それはそうだ。富山市と言えば、私の田舎などの及ぶべくもない大都市だ。
 それにしても、「星がよく見える」と言うものだからついて来たのに、こんな大都市では見えるはずがない。で、彼のことを「ずいぶんいい加減な奴だな。」と思った。と、彼のいい加減さはそれに終わらなかった。夕飯を食べ終わるなり私を置き去りにして
 「ちょっと女に逢いに行ってくるわ。」
と言って出かけてしまったのだ。私は彼の両親と話をするか、見えない星空を眺めているかしかなくなってしまった。もっとも、故郷を遠く離れた彼にすれば、久し振りに帰郷したのだから、かつての女に逢う絶好のチャンスだったのだろう。さぞかし、“七夕”の気分で逢っていたのだろうが、こちらはいい迷惑だ。
 ところが、彼のいい加減さはこれに尽きなかった。富山からの帰り、白川郷に寄ろうということで、峠越えをすることになった。が、峠までたどり着かなかったのだ。というのは、彼は運転免許の取り立てで、車も買ったばかりの中古車。エンジンの調子が悪く峠近くでついに煙を吹き出してしまった。いったんエンジンを止めたらてこでも動かない。もうすっかりあきらめてしまって、
 「仕方がない、もう今日中には帰れない。」
と覚悟を決め、叢に寝そべってしまった。
 それでも一時間ほどしたらやっとエンジンがかかった。その後、白川をそそくさと見学し、長良川沿の156号線と東名高速をそのボロ車で帰ってきた。彼は、峠でロスした時間を取り戻そうとでも思ったのだろうか、ものすごいスピ-ドで突っ走る。もう生きた心地はしなかった。ここで再び覚悟を決めた。
 「もういいや、この世に帰れなくっても…」
 
 近松門左衛門の『曾根崎心中』に、商家の手代・徳兵衛と遊女・おはつが自分たちの恋が成就しないことをはかなみ、暁の鐘を聞きながら死の道行をする場面がある。この場面は名調子の文として有名である。
 「…鐘ばかりかは、木も草も空もなごりと見上ぐれば、雲心なき水の音、北斗はさえて影映る星の妹背の天の河…」
 北斗星は一点の曇りもなく冴えわたり、天の川もまた清く澄んでいる。死を目前にしても、おはつ・徳兵衛にはなんの悔いを残すものもない。二人の心は美しく澄んでいたのだ。
 ところが、私の場合は、「妹背の天の河」どころではない。北斗も濁りっぱなしというものである。彼は、その後故郷に帰ったが、今でもいい加減なことを言ったり、「よく見える星空」の中を暴走したりしているのであろうか。
 
 星には尽きない思いがある。


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