源氏物語

源氏物語たより251

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   対比の妙 源典侍のこと  源氏物語たより251

 光源氏は、内裏においては「まめ人間」で通っている。女遊びのような色好みはしないまじめ人間ということである。我々読者は、彼の一筋縄ではいかない桁外れの女遊びをよくよく見知っているから、「何を、愚かなことを」と思うのだが、特に桐壺帝の目には、源氏はまじめ人間として映っている。
 『すきずきしううち乱れて、この見ゆる女房にまれ、またこなたかなたの人々など、なべてならずなども見え聞こえざめるを』
なのである。「内裏の女房にしても、またあちらこちらの女にしても、源氏が熱を上げているようなのはいないのだろう、そんな様子は見たこともないし聞いたこともない」のだから。
 最後の「を」は、感動・詠嘆などを表わす強めの助詞である。「・・がなあ」とか「・・なのになあ」ということで、帝は、源氏の「まめ」さを一種の感動をもって見ているのだ。もっとも帝には、それが少々もの足りなく映ってもいるのだが。親馬鹿と言ってしまっては失礼であるが、事情を知っている者には笑える。
 実は帝には、そう思う根拠があるのだ。なぜなら
 『帝の御年ねびさせ給ひぬれど、かうやうの方(色好みの方面)は、え過ぐさせ給はず。采女(うねめ)・女蔵人などをも、かたち、心あるをば、殊にもてはやし思し召したれば、よしある宮仕へ人多かるころ』
だからだ。桐壺帝は、その方面はなかなかの発展家で、顔や人柄のいい采女や女蔵人を集めては、寵愛している。そのために、内裏には容貌といい人柄といいセンスといい、なかなかの女が多いのだ。
 にもかかわらず、源氏はそれらの女には眼も向けないと、少々ご不満なのである
 また、女房たちも、ことあるごとに源氏にちょっかいを出してみるのだが、源氏は相手の面目をつぶさない程度にそつなくあしらうだけで、本気になることはない。そこで彼女たちの中には
 『まめやかにさうざうし(真面目で面白くない)』
と不満を漏らす者もいるのだ。
 ということはどういうことであろうか。源氏は、実にうまく秘密裡に女遊びをしているということである。空蝉ともまた夕顔とも、実に巧妙にこっそりとことを運んでいたということである。
 特に、夕顔の場合などは、閨を共にしていて突然死したのだ。ことが発覚すればセンセーショナルなニュースになる。「近衛中将、下の品の女と無理心中か」などとはやし立てられたことであろう。。

 ところが、何ということか、源氏の前に「源典侍(げんのないしのすけ)」と言う女が現れたのである。しかも、帝の目の前でねちねち始めてしまった。それはこんな状況である。
 ある時、内裏で、この典侍が、帝の髪を梳るという仕事を終わり、帝が、別の部屋に衣服をお召し替えに行かれた時のことである。源氏が、ちょっぴりこの女にちょっかいを出してみた。すると彼女は、すっかりその気になってしまって「えならぬかわほり(何とも素晴らしい扇)」で顔を隠しながら、流し目でじっと源氏を見返してくるのである。
 その顔たるや、目はすっかり黒ずんで落ち窪み、髪はぼさぼさにほつれている。それもそのはず、この典侍、御年五十五、六歳なのである。今でこそ五十五、六歳と言えば女の盛りなのだが、当時はこの歳は後期高齢者に当たる。とても恋などするお歳ではないのである。
 一方、源氏は花も恥じらう匂うばかりの十八歳。とても相手になる仲ではないのだ。
 この典侍は、日頃から「好色」で有名なのだが、源氏は「いみじう婀娜めいた心ざま」を「いい年をして!」とたわぶれ懸ってみただけなのだが、相手は、「源氏さまは自分に似合いだ」と思ってしまうのだから、極端というものである。
 とにかく、二人は恋の歌などを交わし始めてしまった。でもさすがに源氏は煩わしくなって、彼女の元を去ろうとする。すると、
 『まだかかるものを思い知らね。今さらなる身の恥になむ』
と女は恨みかかるのである。「こんな冷たい扱い、私、経験したことないわ、なんという恥さらしなことなのでしょう」と言うのである。
 この二人の痴話の様子を、お召し替えの終わった帝が、障子の陰から見てしまって、「なんとも似つかわしからざる関係よ」と、くすりとしながら源氏にこう言う。
 『好き心なしと常にもて悩めるを。さはいへど、過ぐさざりけるは』
と笑われるのである。「日頃女房たちが、お前(源氏)は固すぎて困ると言っていたのだが、いやいやお前もなかなかなもので、こんな女(典侍)を見過ごすことをしないとはなあ」と冷やかすのである。ここにも「を」が出てくる。
 帝の冷やかしには、内裏には若く美しい女たちが溢れているというのに、よりによって、源典侍を選ぶなどという意外さを笑ったのである。
 「女嫌い」の源氏が、一転して老女に恋というのだから、この対比の妙には、読者も思わず吹き出してしまう。
 紫式部は、この対比の面白さ、ことの落差の大きさをそこここで使っていて、その時の状況を鮮明に描きだすという効果を上げている。
 「雨夜の品定め」で、左馬頭などの体験談に登場する女性たちはみなこの対比や極端な落差の可笑し味をねらったものだ。特に、女だてらに漢学に精通する女が、大蒜(にんにく)の匂いをぷんぷんさせるなどという話は、漢学と大蒜という予想外のものを結びつけた可笑し味を扱ったもので、その落差が笑いを誘っているのである。
 末摘花の話も、同じ効果を狙ったものだ。まじめくさって深刻な状況を作って、それでいて雪の朝、現われたのは、異様に鼻の長いしかもそのてっぺんが赤い女であった。
 これらの対比や落差が、物語に奥行きを与え、読者に一層の興味・関心を呼び起こす元となっているのである。


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