源氏物語

源氏物語たより252

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   からかわれる源典侍  源氏物語たより252

 源典侍は、五十七、八歳のお歳だというのに、「いと婀娜(あだ)めいたる女」として、紫式部の例の嘲笑の対象になっているのだが、同じ嘲笑でも末摘花に対するものとは全く違う。源典侍の場合は、いくら嘲笑されても明るくのどかでさっぱりしていて、嫌味がない。それはどこに原因があるのだろうか。
 一つには源典侍が、「典侍」という地位にいるということである。典侍は、内侍司の次官で、尚侍(ないしのかみ)に次ぐ高い身分であるということである。尚侍はどちらかと言えば帝の寵妃的存在なのに対して、典侍は、後宮の実質的な指導者と言っていい。この身分は当時の女性のあこがれの的であったようで、『枕草子』175段に
 『女は、内侍のすけ(典侍)、内侍(掌侍 内侍司の三等官)』
とあるほどである。邸を一歩も出ようとしない末摘花とは根本的に違うのである。
 その上彼女は琵琶の名手である。なにしろ帝の前で行われる管弦の折には、男方に交じって琵琶を演奏し、
 『ことに(典侍に)勝る人なき上手』
ときているのだ。恐らく、琵琶だけではあるまい。高い教養の持ち主なのだ。それでなければ源氏がちょっかいを出すはずはない。
 それが、男に積極的に働きかけてくるのだからすごいものだ。。内裏で源氏とやり取りしていた例の日、彼女が顔をさし隠したかわほり(扇)には、
 『森の下草老いぬれば』
と書かれていた。これは、「森の下草は老いてしまったので、馬さえ食べなくなってしまったし、刈る人もなくなってしまった」という古今集の歌を引いたもので、自分は年とってしまったので、今では賞美する人も、相手にしてくれる者もなくなってしまった、「だからあなた味わってみない」と男を誘っている歌だ。これだから源氏は
 『ことしもこそあれ。うたての心ばへや』
と内心笑うのである。「扇に書く歌などいくらでもあろうに、よりによってこんな歌を書きつけておくとは、嫌な了見よ」というわけである。しかしこうして男にかかずらおうとする積極性は見上げたものだ。

 また、源氏と源典侍とが内裏で言葉を交わしているのを見た帝が、「可笑しな仲」と勘繰ると、「源氏さまとなら、濡れ衣でもいいから着たいもの」と思うのだから、その厚かましさも称賛もので、末摘花が、「女はもの言わぬが花」という親の教訓でもあったのか、それを堅持して源氏が何を話しかけても「む、む」としか言わなかった古体のシーラカンス(末摘花)とは、比べようがないのである。
 それに、源典侍は、瞼は隈だらけで落ち窪んでいて、髪はほつれてぼさぼさであるとはいえ、相当の美貌であったはずだ。なにしろ当代の二人の貴公子・源氏と頭中将がこの女を争ったほどなのだから。現代で言えば、吉永小百合とまではいかないまでも、八千草薫くらいではあったのだろう。
 全ての面で末摘花の及ぶところではなかった。


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