スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←曼珠沙華 歌幻想 →ネズミ騒動・ハエ騒動
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【曼珠沙華 歌幻想】へ
  • 【ネズミ騒動・ハエ騒動】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

源氏物語

源氏物語たより257

 ←曼珠沙華 歌幻想 →ネズミ騒動・ハエ騒動
   断ち切れぬ子への愛  源氏物語たより257

 『御をぢの横川の僧都、近う参り給ひて、御髪おろし給ふほどに、宮の内ゆすりて、ゆゆしう泣きみちたり。何となき老ひ衰へたる人だに、「今は」と世を背くほどは、あやしうあはれなるわざを。ましてかねての御気色にも出だし給はざりつることなれば、親王もいみじう泣き給ふ』

 これは藤壺宮が出家を断行した場面である。光源氏の執拗な求愛から逃れるために、やむを得ない決断であった。このままでは我が身のみならず、春宮の立場も危うくなると判断した結果である。宮はこの出家については、誰にも相談することなく、「気色」にも出さなかった。しかも御八講の法要の最中のことで、大勢の人が集まっている席であった。それは宮の決意の堅固さを示すものでもある。
 ごくつまらない身分の老い衰えた人でも、「いざ出家」といえば不思議にあはれに感じられるものなのに、まして宮は突然のことであるし、まだ二十九歳の若さである。
 あまりのことに、宮邸の人々は激しく動揺し、まがまがしいほどに泣き満ちるのである。
 特に宮の兄である兵部卿宮(親王)は「いみじう」お泣きになる。彼には、宮の出家の意図が分からないからだ。宮は、桐壺院が亡くなられたとはいえ、いまだ厳然たる「中宮」なのである。その身分を捨てて出家するとは、彼にはとても信じられないことである。親王とすれば、「春宮が即位すれば、自分は天皇の叔父、そうなれば絶大なる権勢が手に入る・・」という思いもあったかもしれない。
 宮が、仏に向かって『世を背き給ふよし』を申し上げた時に、親王は法要の最中であるにもかかわらず、宮のいられる御簾の中に入って行って、「とんでもないこと」と訴えるのだが、宮は
 『心強う思したつさまを』
兄・親王に告げるだけであった。固い決意であるから何を言われても・・ということである。
 そして冒頭のように叔父の横川の僧都を召して早々と髪を下してしまった。唖然とするほどの早業で、誰もいかんともできないことであった。
 
 もちろん、源氏も驚きあきれ、宮の真意をお聞きしたいのだが、多くの人がいる前では、あらぬ噂も立つかもしれないと、人々が法要から帰って静まるのを待っていた。 
 宮のところに行ってみると、女房たちは悲しみに鼻をうちかみつつ、ところどころに群れている。
 月は皓皓と照り、庭の雪と響き合って輝いている。宮が中宮として盛んだった昔のことが思いやられる風情である。彼は心を落ち着けて、こう問う。
 「どういうお考えで、こう突然ご出家なされたのですか」
 すると例の王命婦を介し、宮はこう答える。
 「いま急に思い立ったことではございません。でももし事前に出家のことを言い出せば、もの騒がしくなったことでしょう。そうなれば私の心も乱れてしまいますから・・」
 もう以前から決意していたという。そう、そういえば源氏が三度目の逢瀬を迫ったあと、源氏とのこんなことが世の噂として流れたとしたら大変なことになると、「(中宮の)位をも去りなん」と言っていられた。あの時だ。
 もちろん宮は出家の理由は源氏には言わない。ただ、宮の答えには決然たる響きがあったのだろう、源氏はもうそれ以上何も言い出すことができない。

 と、そこに春宮からの使いが来た。もちろんそこには母の出家に対する春宮の嘆きや見舞いや、くさぐさのことが書かれていたのだろう。それを見た宮の様子ががらりと変わってしまった。
 『(春宮が)のたまひしさま思い出で聞こえ給ふにぞ、御心強さも堪へがたくて、御返りも聞こえさせやらせ給はねば』
 親王に対しても源氏に対してもあれほど、敢然とした態度で接していたのに、東宮からの言葉というだけで、張りつめていた気持ちが一気に頽(くずお)れてしまった。
 宮が初めて春宮に出家の意志をほのめかした時に、春宮は、母の言う意味が理解できず、頓珍漢なことを言っていたものだ。そんな幼い春宮を思い出した途端に、宮は感情が溢れてきてしまったのだ。春宮にとって自分の出家は果たしてよかったのかどうか、それを思うとたまらない。返事さえ書くことができなくなってしまった。

 宮は、帰って行く源氏にこんな歌と言葉を送る。
 『おおかたの憂きにつけては厭へども いつかこの世を背きはつべし
 かつ濁りつつ』
 歌の意味は、
 「この世の憂さ辛さは出家ということで、厭い離れることができましたけれども、どうしても厭い離れることができないのが子のことでございます。
 出家したとはいえ、子を思う煩悩からはなかなか解脱できないものでございますね」
というようなことであろう。「この世」は「子の世」と掛詞になっている。「子」というものほど親の心を騒がすものはないという証である。ただ宮は出家の意思を翻すことはなかった。

 源氏物語の主題についてはいろいろと言われるところであるが、私は、一つの大きな主題としては、「母(父)子の恩愛」であると思っている。この命題が物語全体を通じて流れているのだ。
 冒頭の巻の『桐壷』が、すでにこのことが主題になっている。源氏の母・桐壺更衣は、源氏がその面影も知らないうちに亡くなってしまうのだが、人々が口々に
 「藤壺宮は、あなたの母・更衣に生き写しである」
という言葉に引かれて、宮を母と慕うようになるのだ。そしてその情は次第に女性としての思慕に変わっていくのである。
また、終生の伴侶である紫上との関係も、そもそもが、紫上が藤壺宮に生き写しであるというところから出発しているのだ。

 明石君と明石姫君の哀しい関係も、紫上と明石姫君の親愛関係も、女三宮の将来を不必要なほど案じる朱雀帝の、父と娘の厚い関係も、あるいは、父・八の宮に全幅の尊崇の念を抱く宇治の大君の娘・父の関係も、みな母(父)と子の恩愛の物語である。
 そして、源氏物語は『夢の浮橋』の巻で、あまりにも突然に中途半端な形で終わるのだが、それも決して中途半端な終わりではない。浮舟が出家するに際して、彼女の心を一番騒がせたのは、自分のことをこよなく心配してくれ、愛してくれた母のことなのである。
 出家を決意した時の浮舟の心には、あれほど激しく愛し合った匂宮の姿も、誠実に自分のことを思ってくれた薫の姿も、一切存在していなかった。ただ、心にかかるのは母の姿だけであった。
 つまり源氏物語は、母(父)子の恩愛を軸に貫かれ、見事に終わっているのである。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【曼珠沙華 歌幻想】へ
  • 【ネズミ騒動・ハエ騒動】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【曼珠沙華 歌幻想】へ
  • 【ネズミ騒動・ハエ騒動】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。