源氏物語

源氏物語たより10

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  葵祭りに源氏の跡を偲ぶ 源氏物語とはず語り10


 それにしても壮大な祭りがあるものだ。壮大というのは、祭りの規模のことではない。その歴史的悠久さにおいて、誠に壮大であるということである。葵祭りは、観客をうならせるような感動的なパホーマンスや熱狂的な催事があるわけではない。ただひたすら都大路を粛々と進んで行くだけで、面白味には欠ける。


 祭りの規模や盛り上がりの点からいえば、これを超えるものは全国にはいくらでもある。例えば、日光の千人武者行列などは、同じ行列でも凝縮度において優れているし、徳島の阿波踊りや青森のねぶた、あるいは岸和田のだんじりなどのような盛り上がりはない。また、八尾の風の盆などのような、哀愁を帯びた情趣深さがあるわけではない。
 しかし、いずれの祭りも歴史の悠久さにおいて、葵祭りに遠く及ばない。

 葵祭りは、欽明天皇の御代(567年)、賀茂の神々の祟りを治めるために行ったのが始まりという。応仁の乱から元禄までの200年間の中断や太平洋戦争の混乱期などの一時的な中断はあったものの、1000年を越えて営々として行われてきた。気の遠くなるような歳月である。
 しかも、牛車や輿や衣装などは、平安の昔そのままである。京都御所を出発し、河原町通り、鴨川、下賀茂神社、上鴨神社と由緒ある場所を巡る。500人を超える検非違使や隋人や女官たちが、往時のままの姿で粛々と都大路を進んでいく。
 行列が下賀茂神社と上鴨神社に着くと、雅楽の演奏や東踊りが行われるが、これもひたすら厳に執り行われるだけである。また武人が騎乗した馬が、境内の森を疾走していく“走馬”という儀式が行われるが、これも古式に則って行なわれるもので、鎌倉の流鏑馬などのように矢が的にあたるたびに観衆から「ワー」と歓声が上がったり拍手が起こったりするわけでもない。
 それでも、所柄もあるのであろう心に沁み、万感の思いが湧く。これが歴史の重みというものであろう。

 源氏物語では、この祭りが重要な役割を果たしている。光源氏の正妻・葵上と愛人・六条御息所とのいわゆる“車争い”としてである。
 葵上は、病いがちで祭り見物に行く気はなかったのだが、おつきの女房たちが、
 『あやしき山がつさへ見たてまつらんとすなれ。遠き国より妻子をひき具しつつ(見物に)もうで来なるを、御覧ぜぬ は、いとあまりにも侍るかな』
と不満を言うし、ましてこの日の祭りの供奉の一人が光源氏である。そこで、にわかのご出立となったが、祭りの行列が通る一条通りは、むくつけきまでに騒ぎたっていて、葵上ご一行の牛車を止める余地とてない。そこで、源氏の正妻という権威をもって無理に他の車を押しのけ、割り込んでしまう。
 ところが、網代車に乗った高貴な六条御息所の車ばかりは、そう簡単に押しのけるわけにもいかない。それでも、葵上の伴をする若い連中は、酒の酔いも手伝って見境がなく網代車に襲い掛かった。そしてついに
 『榻(しぢ 牛車のかなえのくびきを支えたりするもの)などもみな押し折』
ってしまうという暴行を働く。この時の屈辱が、六条御息所に激しい怨念を沸かせた。怨念は生霊となって葵上に乗り移り、ついには呪い殺してしまう。さらに、死霊となって紫上にも取り付いていく。

 今日も、祭り見物の人が沿道に溢れていた。そして警察に叱られる者、バスの運転手を困らせる者など、まさにむくつけきまでの人、人、人である。何十万人の人が集まったのだろうか、大変な混雑である。それにしても、これと同じ混乱が源氏の時代にもあったのだと思うと、なにか幻惑に襲われたように、1000年というはるかなる歳月が脳裏から消え、現代と同化してしまった。
 そして、なんと下賀茂神社から上鴨神社まで茫然とものに憑(つ)かれたように行列に付いていってしまった。日頃、娘や孫たちが「嵐だ!」、「関ジャニだ!」といって追っかけをしているのをあきれた気持で見ていたのだが、自分もそれ以上の酔狂をしていた。

 ところで、この祭りの中心的人物は、“斎王代”である。斎王は、かつては未婚の内親王や王女が、勤めていたが、今はもちろん市民から選ばれる。したがって、“斎王代”というのだが、京の未婚の女性から選ばれるのだから、さぞ美人であろう、一目見てみたいものと思っていたが、輿に乗っているので、行列の中にその姿を見つけることはできなかった。
 ところが、たまたま上鴨神社で輿から降りた斎王代が、五,六人の童女たちにかしづかれて、神社の境内を静々と進んでいく姿を目にすることができた。しかし、その姿はあまりにも遠かった。十二単を着ているのだろうか、あるいは神に仕えるということでもっと清浄なものを着しているのだろうか、遠目にはそれは定かではない。ただ白い被きのようなものを被った姿は、楚々としていかにも斎王(いつきのみや)と言うに相応しい雰囲気を漂わせていた。
 
 実は、今回の葵祭りで一番期待していたのが、女性の着物姿である。特に十二単は是非にもこの目で実際に見てみたいものだと思っていたのだが、所詮この混雑では無理な話であった。
 西本願寺の前に、“井筒商店”という呉服店がある。その五階が風俗博物館になっていて、源氏物語の“少女”や“花 宴”などの場面が、実物4分の1大の、非常に精巧な人形を中心に展示されている。いずれも見事な衣装を着せられ、源氏物語の華麗な世界を忠実に再現している。これを祭り見物に先立って見学しておいて、大変参考になった。五衣(いつつぎぬ)のかさねの色目や裳や唐衣(からぎぬ)を、目の前に見ることができたのだ。
 今日の斎王代が着ていたものはなんだったのだろうか?襲(かさね)の色目は?裳の色は?・・などと、はるかな昔を偲びながら見ていた。
 また来年見に来よう。今度は特に女官や女童や斎王代にぴったりついていこう。
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