郷愁

祭りの醍醐味

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    祭りの醍醐味

 ある時、富山県出身のTさんと富山八尾の『風の盆』の話をしていた。全国至る所にさまざまな祭りがあるが、この『風の盆』ほどすばらしい祭りはない、という結論になった。彼女はこの踊りをこちらの人たちにもぜひ踊ってもらいたいのだと、熱っぽく語っていた。
 『風の盆』は二部で構成されている。いわゆる観光客用に踊られるものと、八尾の人たちだけで踊るものとである。

 「  浮いたかひょうたん
   軽そに流れる
   行く先きゃ知らねど
   その身になりたや 」

という歌が歌われると、これが一般の方々にお帰り願う合図になっていて、観光客はぞろぞろと帰りを急ぐのだという。
 八尾の人たちはといえば、観光客が帰った後、月が中天に昇るころ、そぞろ胡弓の音を響かせ、町に出て踊り始める。そして夜明けまで踊り明かすのだ。哀愁を帯びた嫋々たる胡弓の音と笠に面を隠して踊る踊り子に、地の底から湧き出るような静かな熱情を感じる。
 『風の盆』は、以前からぜひ見てみたいと思っていた祭りの一つだ。残念ながらこの祭りは、9月1日、2日に行われる。仕事との関係で、いまだにこの望みはかなっていない。
 これほど有名な祭りであるにもかかわらず、観光に害されていないところに価値がある。「観光客は観光客、我々は我々の祭りを楽しみ大事にしているのだ」
という気概を感じる。

 随分以前のことだが、 従兄弟会で東北の三大祭りを見学したことがある。従兄弟数十名がバスを借り切って3泊4日の大旅行をした。私は参加しなかったが、帰ってきての三か所の話によると、青森“ねぶた”は観光に毒されているのか、ケンカが祭りの一つの見もの
になってしまっていたという。私もこのことはテレビの報道で知っていた。
 “ねぶた”はどうしてそうなってしまったのだろう。さまざまな武者を豪壮に描いた大きな“ねぶた”が、町を練り歩くのは実に壮観だと思うのだが。
おそらく何か観光客を満足させるに足る要素に欠けているのではなかろうか。
考えられる一つとしては、『風の盆』のように厳しい訓練によって築き上げてきた技術の積み上げというものがないということではなかろうか。それで祭りを盛り上げるための要素である“熱気”に、ケンカという要素が紛れ込んでしまったのだろう。観光客も無責任にそれを期待している向きもある。その後、主催者側が、そのための対策に本腰を入れ、祭りからケンカを排除したという。今後、さらに魅力あらしめるために、どういう要素を組み入れていくかが問われるところであろう。
 従兄弟たちの評判では、秋田の“竿灯”がよかったという。あの何十キロという長い竿を手先や肩や腰で見事に操る技術は、一朝一夕にできるものではないのだから。

 徳島の“阿波踊り”も私が好きな祭りの一つだ。踊る一人一人の技術が極めて高い水準にあること、そして踊る人々の表情が実に豊かで、誰も誰もが心から楽しんで踊っていること、これは他の誰にも真似のできるものではない。さらに、“連”ごとに工夫がなされ、バリエ-ションに富む。同じような踊りに見えて、それぞれが違う。そこに彼らの意地とはりを見る思いがする。大和市でも阿波踊りが毎年行われるので、よく見に行く。本場ほどではないが蓮によっては素晴らしい踊りを披露するものもまある。

 こうみてくると、祭りに必要な要素として、熟練性、芸術性、伝統と創造性さらに沸きたつような熱気などが求められるようだ。これらの一つでも欠けると何かもの足りなくなる。

 一方、祭りの楽しみ方の一つに、偶然性ということもある。旅先などでたまたま体験する祭りのことだ。「え、こんなところでこんなものを見ることができるの」という、思いもよらない体験のことである。この偶然の体験が祭りの印象をさらに良くする。
 私が体験したいくつかの祭りを上げてみよう。

 真っ先に思い出すのが、備中高梁で見た神楽だ。この時は祭りのことなどまったく念頭になかった。備中高松城と高梁の町に残るいくつかの名所を見るのが目的であった。ところが、電車を降り立つと、駅前の広場に簡単な舞台がしつらえてあり、『国鉄敷設〇〇周年記念』と書かれた看板が出ている。それでは、せっかくだから見てみようと、宿で早い夕食を取り、暮れなずむ駅前に出かけた。
 この地に残る神楽“八岐大蛇”が演じられ始めた。大蛇と須佐之男命との壮絶な戦いが迫真の演技をもって演じられる。すばらしい迫力であった。たまたま出くわした祭りであるが、20数年たった今でも鮮やかに脳裏に残っている。

 もう一つは、郡上八幡に行った時のことだ。時まさに8月、郡上踊りのまっ最中である。ぜひ見てみたいと思っていたが、郡上に着いたのが真っ昼間のこと。町中は静まりかえっていて祭りのかけらもない。仕方なく吉田川に飛び込む地元の子供たちの姿などを見ながら、心を残してこの地を去った。
 ところが、土呂温泉の旅館に入ると、なんと郡上踊りをやるという。夕飯の後、早速踊りを見に行った。しばらく見ているうちにこれは自分でも踊れそうだと、酔い心地も手伝って踊り始めた。
たしか“跳ね駒(春駒?)”とかいう曲ともうひとつの民謡であった。ぴょこぴょこ跳ねるのが面白くすっかり夢中になってしまった。宿の下駄で踊っていたので、足の指がすりきれた。ついに、仲間に「いつまで踊っているのか」と呼びもどされてしまうほどであった。とにかく、この“跳ね馬”には人の気持ちをふるい起たせるものがある。だからこそ、郡上の人たちは夏を徹して踊り狂うのであろう。

 最後に、もう一つだけ上げておこう。関東中学校校長会が千葉市で行われた時のことだ。アトラクションとして地元・佐原中学校の生徒、40名ほどが“佐原ばやし”や“磯節くずし”を披露してくれた。これが見事なもので、終わっても感動の波はしばらく収まらなかった。男子20名が、笛、小太鼓、鉦を吹き、叩く。すると、舞台袖口から女子20名ほどが出てきて、これも見事な演技で舞台狭しと踊り回る。何よりも感心したのは、男子が演奏している楽器の大半が笛であったことだ。太鼓の演奏は良く聞くが、笛がこれほど多くはいった演奏は見たことがない。
 民俗芸能の復興のための活動が各地でなされている。太鼓を中心として子供たちに伝承されつつあるが、笛は難しいためか、吹く者が少ない。祭りに笛は欠かせない楽器の一つだ。熱心な指導にもかかわらず、民俗芸能がなかなか定着しないのは、こんなところに原因があるのだろうといつも思っていた。しかし、ここ佐原中学校では、あえて笛を多くしている。
 余りのすばらしさに、翌年、また佐原に行ってみた。5月の連休の時で、佐原中学校の演奏は見ることができなかったが、運よく香取神宮の山車の模様替えができた記念ということで、佐原の町を練り歩いていた。もちろん、佐原ばやしの音に乗ってである。しかし、あの時の感動は味わうことができなかった。
 この三つの例は、いずれも期待していたものではない。本当に偶然に出くわしたものばかりだ。だからこそ、感動が深かったと言える。

 各地に残る祭りにはそれぞれの伝統があり、それぞれの意味や味がある。それらが地元の人々の多大な努力によって受け継がれてきたものである。従って、それに対して「魅力に欠ける」の「もう一つ迫力不足だ」のなどと言うことは、まことに僭越(せんえつ)なことではあるし、それに、祭りにはそれぞれ観賞する人の自由があるわけだから、どのように観賞しようと構わないわけで、何を祭りの醍醐味とするかは個人の勝手の問題である。
 とは思うが、過去の旅行での体験やテレビを見ての感想として、「祭りの醍醐味」とは、熟練性や芸術性や伝統と創造などがあって、それに沸き立つ熱気があることだとみた。さらに偶然遭遇する驚きや新鮮さなどが加わるとますます祭りの醍醐味は増すものであるということが分かった。




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