スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←祭りの醍醐味 →源氏物語たより259
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【祭りの醍醐味】へ
  • 【源氏物語たより259】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
 

郷愁

いろはカルタの教訓

 ←祭りの醍醐味 →源氏物語たより259
   いろはカルタの教訓

 ある会合の席で、
 『人間は新しいものを求めて、常に動きまわらなければいけませよね。動けば必ず収穫があるのですから。『いろはカルタ』の最初の“犬も歩けば棒に当たる”だって、そのことを言っているわけですわ。動きまわれば必ず良いことに巡り合うものだということをね(これにはもう一つの意味があるが)。
 人と話をする時だって、知識がいっぱいあるということはいいことでしょ。具体的に話ができるわけですから。
 『いろはカルタ』の二番目は、“論より証拠”ですよ。理論ばかりこねていても仕方がないということでめ。言うならできるだけ具体を示しなさいということですよ。そのためには“犬”も必死に歩かなければいけないっていう教訓なのじゃあないですかねえ」
などと、得意になってしゃべっていた。

 ところが、しゃべっている最中に、ふと気が付いた。
 「あれ?ところで、『いろはカルタ』の三番目の“は”は、なんだったっけ?」
 いくら思い出そうとしても思い出せない。その日、家に帰って妻にこのことを話してみたら、やはり
 「私もわからないわ」
ということになってしまった。でも、しばらくすると、
 「あ!分かった。“は”は、『花より団子』だ」
と、妻の方が先に思い出した。なんということか、こんな有名な言葉を忘れていた。
 
 しかし、「“は”以降の文句は」と、これがなるとなかなか思い出せない。結局、“負うた子に教えられ”と“よしのずいより天井のぞく”の二つだけしか出てこなかった。
 あの時、『いろはカルタ』についてはなんでも知っている専門家のような顔をしてしゃべっていたのだが、実は、みんな忘れてしまっていたのだ。
 子供の頃あれほどよくカルタをして遊んでいたというのに、これは一体どうしたことであろうか。カルタの言葉なんて、人口に膾炙している言葉ばかりのはずなのに。

 そこで、仕方なしにインタ-ネットで引き出してみたら、なんと、なんと、どれもこれもなじみの言葉ばかり。
 “骨折り損のくたびれ儲け”“ちりも積もれば山となる”“割れ鍋にとじ蓋”“旅は道づれ世は情け”“泣きっ面に蜂”“知らぬが仏”… 
 知らないものなどほとんどないし意味もよく分かるものばかりだ。意味の分からなかったのは、“盗人の昼寝”“文をやるにも手は持たぬ”“粋は身を食う”くらいのものだった。
 
 ところで、たった二つだけ思い出したものの一つ“負うた子に教えられ”は、なんと上方のもので、江戸のものではなかった。
 『いろはカルタ』は、江戸時代の末に編まれたものだそうだが、当然カルタである以上、子供が対象のものとばかり思っていた。しかし、それにしてはその意味がひどく難しい。ごく当然に使っているものでも正確にその意味を言いなさいと言われれば、大人でもなかなか正確には言えない。
 “律儀者の子沢山”“割れ鍋にとじ蓋”“月夜に釜を抜く”“芋の煮えたもご存じない”“得手に帆をあげる”“亭主の好きな赤烏帽子”“粋は身を食う”
などを正しく説明できる人がいるだろうか。

 私がなかなか思い出すことができなかったのは、意味も分からず覚えたものは容易には思い出せないものだということであるようだ。しかも日常生活に使えないような文句だとすぐ忘れてしまうものなのだ。
 ただ、同じく子供のころ盛んにやった“百人一首”はといえば、今でも実によく覚えている。たとえば、“あ”の歌など、すぐに9首、10首と思い出す。もちろん、歌の意味など分からないのにである。あるいはこれは、子供の頃遊んだ時の真剣さが違っていたからかもしれない。とにかく百人一首は夢中で覚えたものだ。

 このことを契機に、それでは『いろはカルタ』を覚えてみようと、何度も挑戦してみたが、翌日になるとすっかり忘れてしまっている。「え-と、“な”はなんだったっけ?」といくら記憶の糸をたどろうとしても出てこない。
 こらはどうやら『いろはカルタ』には、系統性とか、まとまった主題とかがないことに理由があるのではなかろうかということに気がついた。歌舞伎のセリフや『奥の細道』のいくつかの文句などは筋がちゃんと通っているから覚え易い。だから、一度覚えるとなかなか忘れないのだ。それにくらべて、系統性や筋や主題のないものを覚えるということは大変なことだということである。このことを身をもって痛感したのが、江戸の年号を覚えようとした時のことだ。江戸の年号は全部で36あるが、これがまったくつながりがない。「慶長、元和、寛永、正保、慶安…」と、いくら努力してもなかなか覚えられず、苦心惨憺したことがある。
 これと同じように 『いろはカルタ』は、教訓や道理や皮肉や揶揄や警告やが、勝手気ままに羅列されているだけで、それぞれにつながりがないから、なかなか覚えられないし思い出せないのだ。

 ところで、初出の「具体性こそ大切だ」の意味を有するカルタは、あの二つ以外にもあるのではないかと探してみたが、まったくなかった。何となく、類似の意味を有するものに、“花より団子”があるくらいで、むしろ逆の意味を持つものが多い。
“知らぬが仏”“骨折り損のくたびれ儲け”“聞いて極楽見て地獄”
などの方が優勢なのである。「犬もあまり歩かない方がいい」ということであろう。 
  あの時、『いろはカルタ』については、なんでも熟知しているような顔をして得々と話していたが、「具体性の大切さ」について言っているものはほかになかったことからすると、私の話は内容的にも適切でなかったようだ。まさに、“年寄りの冷水”であった。聞いている方もいい迷惑であったろうし、相手も“亭主の好きな赤烏帽子”と仕方なしに聞いていたのかもしれない。
 今回、たいして知りもしないことを得々と話すものではないという貴重な教訓を得た。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【祭りの醍醐味】へ
  • 【源氏物語たより259】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【祭りの醍醐味】へ
  • 【源氏物語たより259】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。