郷愁

胆石摘出す

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   胆石摘出す

 もう十五年も前のことである。胆石の摘出をしたことがある。
二度目の激しい発作のあと、ついに我慢ができなくなって、胆石摘出の覚悟を決めた。
 現在、胆石の手術などは簡単なもので、腹部に0、5cm~1cm位の穴を四か所開け、内視鏡とメスを入れ、胆石を取り出せばすむ。この方法は患者へのダメジ-も少なく、入院期日も少なくてすむ。私の場合も、手術に際してその方法を取るからと医師から説明があった。
 ところが、結果的には17cmほど切開し、そこから胆石を摘出するという従来の方法になってしまった。担当医の説明では、私の胆石はあまりに大きくなり過ぎていて、"四か所方法"では摘出不可能だったという。なるほど、あとで見せてもらったところ、胆石は親指の先端大のものと小指の先端大のもの二つであった。これでは1cmの穴から摘出するのは無理だろう。それに胆のうが他の臓器と癒着していたのも摘出を困難にさせたという。

 実は、私の胆石はそれよりも15年も前、人間ドックで発見されていた。ただ石が動き出さなければ問題ないでしょうと言われていたのだ。それで後生大事に今日まで石を育ててきた。それが見事に成長してしまって、取り出された胆石は、医学サンプルのためか一部分が鋭く削り取られてしまったほどである。それは黒光りしてあざやかに輝いていた。残りの部分をもらってきたが、「これは良く磨けば高く売れるぞ」と思ったほどだった。

 この時の手術で、さすが最近の医学は違うと思ったことが二つある。

 一つは、麻酔だ。5時間に及ぶ手術が終了した時、意識のはるか彼方から、
「福島さん!」「福島さん!」
と呼ぶ声が聞こえてきた。手術終了と同時に目覚めるように麻酔の量を加減しているのだから、もう驚くしかない。手術開始の時もそうだった。
 「では、今から麻酔を入れますからね。すぐ眠くなりますよ」
と言われて、30秒もしないうちにまぶたが重くなり、あとは一切意識なしであった。背中の麻酔注入口(?)は、術後の痛み止めのためにも使うらしい。背中に簡単に貼り付けたような感じのものなのに大した働きをするのだ。華岡清州が摩沸散で乳癌の手術をした時のことをしのんだ。
 二つ目は、術後の扱いだ。とにかく、傷痕の痛みと精神的な痛手が残って、ベッドに起き上がるのもままならない状態だというのに、「歩け!」「歩け!」と言う。なんと無謀でなんと無情なことかと思うのだが、容赦はない。その方が傷の治りが早いのだと言うのだが、信じられないことだ。傷口の縫合は、何層にもわたってやるので、少し動いたくらいではその箇所が開いてしまい、患部に影響を与えるなどということはないのだそうだ。むしろ出来るだけ体を動かすことで、内臓の働きを活発化させガスを出させ、また、臓器どうしが癒着しないようにできるのだというから驚くしかない。かつては、術後は安静にこれ勤めたはずだったのに。

 医学的なことは時代とともに変化する。果たしてこの方法が万全なのかどうかは疑問で、あと何年か後には、「やはり、術後は安静が第一」などということになっているかも知れない。             

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