源氏物語

紐解くの意味

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   『紐解く』の意味    源氏物語たより155 【訂正 再掲】

 『夕顔』の巻に、光源氏が詠んだこんな歌がある。

 『泣く泣くも今日は我が結ふ下紐を いづれの世にか解けて見るべき』

 歌の意味が難しいので、そのことは後にして、まずこの歌の詠まれた背景をみてみることにする。
 源氏は、親しくなった夕顔を強引に六条の廃院に連れ出し、二人だけの睦まじい時を持つことにした。ところが、あろうことか、翌日の夜半、彼女は胸を塞き上げ急死してしまう。

 夕顔の四十九日の日、源氏は、比叡山で法要を営む。法要にあたっては、亡き人が愛用していたものを布施として寺に奉納するというしきたりがあったようだが、夕顔は着のみ着のままで廃院に連れて来られ、突然亡くなってしまったために、布施とすべきものがない。そこで、源氏は布施用の衣類などすべてを用意するのである。「袴」なども作った。出来上がった袴の紐を見て、冒頭の歌を詠む。
 「泣きながら、この下紐を今日一人で結んだとしても、いつの世に打ち解けてそれを解いてくれるあの人と逢うことができるというのだろうか」
と彼は感慨にふけるという場面である。

 当時「下紐を結う」ことは、男女の愛情の証にしていたようである。また、その「紐を解く」ことは、男女が打ち解けて睦みあう様を表わしていたようである。
 ところが、この「下紐」がどういうものかが分からない。広辞苑には、
 「下裳あるいは下袴などの表に見えない紐。人に恋されると解けると言われた」
とあるのだが、どうもこの説明では判然としない。「下袴」という以上、その上に「表袴」をはいたのだろうから、紐は「表に見えなくなる」のは当然である。
 いろいろの解説書をみてもこのことを明確にしているものがない。山岸徳平などは「下紐は実はふんどしの紐である」と言っているのだが(岩波書店『日本古典文学大系』)、まさか「ふんどし」ではあるまい。平安時代あるいは奈良時代に「ふんどし」があったかどうかは定かではないが、すくなくとも平安時代には、小袖と下袴が肌着の役をしていたものと思われ、現代のパンツに当たるような肌着は着ていなかったのではなかろうか。
 もっともふんどしであれば、先の歌の意味は極めて分かりやすくなるのだが。
 下紐を袴の腰のところの紐と考えるのが一番妥当なのだが、どうもそれでは単純過ぎて、「下紐」という言葉にまつわっている妙なニュアンスを表わすことができない。この紐は一体下袴のどこに付いているというのだろうか。指貫(さしぬき)では、裾のところにも紐がついていて、くるぶしのところで裾をくくる役をするのだが。 
 またどのようにして結ぶのかもわからない。要は細かい点になると皆目分かっていないのである。
 ただ、古代には、男女が互いに下紐を結び合って、次に逢う約束などをした慣習があったことは確かなようだし、また、下紐が解けると相手に会えるという俗信もあったことも確かである。
 このように詳しいことは分からないままなのだが、いずれにしても「下紐を結う」とか「紐を解く」とかの言葉には、何となく妙な雰囲気が纏わっていて、官能的、性的な匂いがする。
 この言葉が、万葉集には頻出するのである。『東歌』にも多く詠まれているので都人あるいは貴族の間だけのものではないようだ。それでは、それらのうちのいくつかを見ていってみよう。ひょっとすると何かが分かってくるかもしれない。

 『二人して結びし紐を一人して我は解きみじ ただに逢ふまでは』   2919
 「ただに」とは「直接」と言う意味で、直接会うまでは、二人で結んだ紐はけっして解かないぞということである。別の視点から言えば「あなた以外の男(あるいは女)の前では決してこの紐は解きませんよ」ということになり、「貞操」の意味になる。つまり、下紐を結うことは、男女の愛の固さの象徴ということである。だとすれば、そこに官能的・性的な雰囲気を感じ取るのは考え過ぎということになる。

 ところが、次の歌などになると、なにか怪しい。
 『天の川相向き立ちてわが恋し君来ますなり 紐解き設(ま)けな』  1518
 織女(女)が、牽牛(男)のお出ましをまさに待ち構えているという図である。「設けな」とは、「さあいつでもいらっしゃい、用意は万端よ!」ということで、袴の紐を解いて待ち構えているのだ。さらに次の歌になるとますます怪しくなる。
 『秋風に今か今かと紐解きて うち待ち居るに月かたぶきぬ』     4311
 折角用意万端下紐を解いて待っていたのに、彼はなかなかやってこない。とうとう月がかたぶく時間になってしまった、と言う嘆きである。そんなにも早くから下紐を解いていたのでは、いくら秋とはいえ、下半身は随分冷え込んでしまったことだろう。
 次の歌になるともっともっと怪しい。
 『羽根かづら今する妹がうら若み 笑みみ怒りみ着けし紐解く』    2627
 「羽根かづら」とは、乙女が髪に飾る羽で作ったかずらのことで、若さの象徴である。「笑みみ怒(いか)りみ」とは、「にっこりしたり怒ったり」ということである。さあ一緒に寝ようと男が誘ったのに、女の子はまだうら若いもので、何やら嬉しくて笑みが出てきてしまうものの、あまり素直に男の要求を受けるのも、というわけで、いちおう「怒った」様子を見せたりする・・という痴態の様である。
 こんなことを繰り返していたのではことは進まない。そこで男は、「えい!ままよ、紐さえ解いてしまえば・・」というわけである。

 ここまで読んでくると、やはり「紐を解く」とは、男女が「いざ、鎌倉!」という状況下の行為を表わすもので、性に直結する随分大胆なあけすけな意味であるということが分かってくる。万葉人のおおらかで素朴で土俗的な傾向が表れていて、面白くもあり可笑しくもある。

 これが、古今集になると激減してしまう。古今集『恋』の部には、たったの四首しか載せられていないのだ。そのうちの一つだけを上げておこう。
 『珍しき人を見ぬとや しかもせぬ 我が下紐の解けわたるらむ』
 「しかもせぬ」とは、「そうしようとは思わないのに」という意味で、「久しく逢っていない人に逢えるということなのだろうか、解こうとも思わないうちから、私の下紐が解けて解けてしょうがないのは」『新潮日本古典集成』(新潮社)」ということになる。
 これも結構危ない雰囲気で、「解けわたる」というところが、深刻でもあり、何かその気持ちが「分かる」気もする。でも、軍国の世だったら発禁処分の歌である。
 さらに、新古今集になると『恋』の部にはまったくこの言葉が出てこなくなる。新古今集は、幽玄・妖艶あるいは余情を主としているから、万葉集の素朴でおおらかで土俗的な内容の歌は入る余地がなかったのかもしれない。あるいは、そんな習俗そのものがすでになくなっていたのだろう。

 さて、源氏物語の歌に話を戻そう。源氏は、今一人で下紐を結んだとしても、すでにそれを解いてくれる相手はいないのである。亡き夕顔が現われることは二度とないという場面である。この歌の後に
 『このほど(四十九日)までは、ただよふなるを、いづれの道に定まりて、おもむくらん』
とある。「いずれの道」とは、天上、人間、畜生、修羅、餓鬼、地獄の六道のことである。人は死ぬと、四十九日間、魂が中空を彷徨っているのだそうだ。そして、四十九日目には、閻魔さまのご判断で、この六つのうちのいずれかの世界に行かされるという。「夕顔はどの世界に赴くのだろうか」という意味である。
 夕顔は、おとなしくて素直で従順である。そして優しい人柄で、悪などとは無縁の女性だから、天上に行くことは間違いない。
 ところが、光源氏はといえば、どう甘く見ても「修羅」の世界に行かされること間違いなしなのである。とすれば、二人があい逢うことはないのだから、光源氏が結んだ下紐は、未来永劫解けることはないということになる。


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