源氏物語

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   死の諸相 『桐壷』を読む その4  【訂正 再掲】 

 誰の死とて悲しみを伴わない死というものはないが、源氏物語の中で、桐壺更衣の死と紫上の死ほど哀しいものはない。更衣は先に述べたように
 『限りとて別るる道のかなしきに いかまほしきは命なりけり』
と、この世に強い執着を残して逝った。
 一方、紫上はこの世に対する未練はさほど強いものではなかったが、彼女の死ほど、哀切な情を帯びているものはない。
これは一体どうしたことであろうか。
 
 桐壺更衣の生への執着は、帝の寵愛をまだまだ十分いただき切ってはいないという悔いと、幼い子(後の光源氏)を残して逝かなければならない、いたたまれなさである。
 源氏はこの時、三歳。最も愛らしい時である。だから、母の死の意味も分からない。
 『何事かあらむとも思ほしたらず、さぶらふ人々の泣きまどひ、上(帝)も御涙のひまなく流れおはしますを、「あやし」と見たてまつり給へるを』
しかないのである。文章末尾の「を」は、周囲の狼狽を「あやしい」とは思うものの、その意味については全く理解できていない幼児に対する「何とも哀れなことよなあ」という感動、詠嘆を表わす終助詞である。こんな頑是ない子を残して逝くのである。その無念はあまりあるものである。
 更衣の死の具体的な様子は、何も描かれていない。あまりにもあっけないものであったからだ。内裏から里に帰るなり、
 『(その)夜中うち過ぐる程になむ、絶え果て給ひぬる』
ほど急なものであった。したがって、源氏は、母の死に目にあってはいないし、そもそも幼すぎる。死も何もない年頃である。
その後、彼は多くの女性の死に直面していく。それでは、それぞれの女性の最期の様をここに抜き出してみよう。

 夕顔 『ただ冷えに冷え入りて、息はとく絶えはてにけり』
    (源氏は、夕顔を六条の廃院に連れて行った。その夜、突然心臓発作を起こして夕顔が亡くなった。その時の有様であ    る。死の場面がこれほど赤裸々に描かれている箇所は他にはない。源氏十七歳の秋である)
 葵上 『内裏に御消息聞こへ給ふ程もなく,絶え入り給ひぬ』
    (物怪に煩わされていた葵上であるが、子供が生まれたこともあってみな安心してしまった。除目の日なので、源氏や    葵上の父・兄弟たちは、内裏に出はらっていた。その時、突然胸を塞(せ)き上げだした葵上が危篤に落ちってしまっ    たのだ。そしてその消息が内裏に届くか否かに、彼女は亡くなってしまったのである)
 藤壺 『ともし火などの消え入るやうにて、果て給ひぬ』
    (重篤になっていられた藤壺宮を見舞った源氏が、しみじみと宮に物を申し上げようとしたその時に、火が消えるよう    に、すーと亡くなられた。
    「ともし火のやうに」とは、仏の命が尽きるのに準じる死の様である)
 紫上 『夜一夜、さまざまのことをし尽くさせ給へど、かひもなく、明け果つる程に、消え果て給ひぬ』  
    (源氏との結婚生活三十三年、紫上四十三歳の秋の明け方のことであった)

 いずれの死に当たっても、源氏の悲しみは計り知れないものがあった。中でも、紫上の死の哀しさは一入(ひとしお)である。桐壺更衣の死はあっという間のものであったから、我々が感情移入する間もなかったが、紫上との付き合いは長い。だから彼女の死の場面に至るといつも涙を禁じえなくなるのだ。彼女の生活は華やかなものではあったが、その三十三年間が幸せであったかといえば、とてもそうは思えない。
 彼女自身は自らの死に対して、何の未練もなく、「お迎えを待つ」心境であった。自分の子供として育てた明石中宮に、『御手をとらえたてまつりて』の死であったし、とにもかくにも一生を添い遂げた源氏が、ずっと付き添っていたのだから、幸せな死といってもいいはずなのだが、過去の実情を知っている読者とすれば、彼女の生涯は「哀しい」一言である。

 桐壺更衣の死は、帝にとってたとえようのない痛手であった。 
 『朝がれひの、気色ばかり触れさせ給ひて、大床子の御膳など、はるかに思しめしたれば』
という状態であった。簡単な朝食はとにかく、正式な食事は一切手も触れなかったというのだ。しかし、七年後、藤壺宮と言う理想的な女性を伴侶にするや、やがて更衣の面影は消えていった。
 一方、源氏は、帝のようにはいかなかった。紫上の死は、あまりにも深刻に彼を打ちのめした。紫上の死の翌年
 『春の光りを見給ふにつけても、いとどくれ惑ひたるやうにのみ、御心ひとつは、悲しさのあらたまるべくもあらぬ』
状態で、呆けたように日を送るしかなかった。そして、ついに出家の本意を遂げるべく、この物語の世界から消えていく。

 死の直前に、二人が詠み交わしたのが、次の歌である。
 紫上 『置くと見る程ぞかなしき ともすれば風に乱るる萩の上露』
 源氏 『ややもせば消えを争ふ露の世に 遅れ先立つ程へずもがな』
 紫上が、自らの命を「萩の上に置く露が風にすぐ散り落ちるようにはかないもの」と詠えば、源氏は、「いや、全てははかないこの世。たとえあなたが先に行こうが、私は時を隔てず、すぐにもあなたの後を追っていきたいものです」と応じる。
 紫上が逝った翌年の冬、源氏は確かに消えていった。歌は彼の実感であり、実際であったのだ。源氏の愛は誠に深かったのだが、それが、彼の婀娜(あだ)なる行為のために、紫上には届いていかなかった。最後まで二人の間に、齟齬(そご)があったと言わざるを得ないのである。
 彼女の死に伴う哀しみはここに由来する。桐壷更衣は、この世に念を残しながらも、帝と心は一つで幸せな死であったといえるが・・。
 死は、かくも哀しく、かくも美しいものである。


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