郷愁

折り紙は語る

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   折り紙は語る

 私は、子供をあやすのが好きで、病院や電車の中で子供と目が合うとついあやしてしまう。緊張して、いつまでもこちらの顔をじっと見ている子には、“指踊り”をしてやる。すると、ほとんどの子がニコッとする。
 私が仲人をした若い夫婦が、1歳になったばかりの赤ちゃんをつれて我が家にやってきた。機嫌が悪かったのか泣いてばかりだったが、私が抱きあげた途端に、泣きやんでしまった。若い夫婦の面目をつぶしてしまったようで申し訳なかった。
 小学校の校長だった時、指踊りや折り紙をやっていると、子供たちから
 「良寛さんみたい。」
と言われて得意になったものだ。ただ、子供たちは、私の頭を見てそう言っていたのか、本当に良寛さんのように見えたのかは、定かではないが。

 ところで、折り紙も子供をあやすに絶好のもので、人間関係を作るのにも随分役立つことがある。
 こんなことがあった。飛行機で九州に旅行した時のことである。私の座席の隣に、小学校4年生と1年生くらいの兄妹が座った。回りを見回しても、親らしい人がいず、なんとなく寂しそうな様子でしたので、紙を切って折り紙を折ってやった。すると途端に、
 「おじさん、おじさん!」
と大の仲良しになってしまった。彼らは鹿児島から、さらに飛行機を乗り継いで、奄美大島まで行くのだと言う。
 鹿児島空港近くになった頃、男の子が、急に黙まり込んでしまった。
 「どうしたの?」
と聞いたところ、
 「おじさんはよく平気ですね。ぼく、なんかこわいんですけど」
と言う。なにかと思ったら気流の関係で、飛行機がカタカタと揺れ始めていたのだ。こんなことを初対面の私に言えるのも、折り紙のおかげだ。

 折り紙には、もう一つ、発想を柔軟にするという働きがある。今では、コンピュータでいろいろの折り方を創造してしまうそうだが、とにかく初めて新しい折り方を発明した人の、思考の柔軟さには感心してしまう。
 私が感心した一つに、“ペンギン”がある。
 黒の折り紙を使って、鶴折りをし、途中でその半分をひっくり返してしまうのだ。これが発想の転換というのだろう。折り紙の半分ほどを逆に折り返すことでペンギンの一番の特色といえる、エンビ服を着た白と黒とのツートンカラーの様子がうまく表現されるのだ。「見事!」と言わざるを得ない。

 私の教え子にN君という生徒がいて、いつか、クラス会の幹事をするからということで、私の家にやってきた。彼は、私が机の上に飾っておいたいくつかの折り紙を見ると、
 「先生、折り紙やるのですか。」
と感に堪えたように言う。何事かと思ったら、
 「実はね、私は日本折紙協会の会員なんです。娘も入っていて、娘のオリジナルが協会に登録されています。私には登録するような作品は一つもないのですが」
と言うのだ。とにかく親子して折り紙にこっているのだそうで、もうプロの域である。そういえば彼の年賀状にはいつも折り紙が貼られていた。

 このN君からも発想の転換の妙を教えられた。
 江戸時代からの伝統折り紙の一つに、『妹背山』という作品がある。紅白の2羽の鶴が仲良く寄り添っているものだ。もちろん私もよく知っているし、よく折る作品の一つである。
 私は、今まで2羽の鶴を片方ずつ別々に折っていたのだが、彼は、なんと2枚重ねて同時に折りだしたではないか。途中まで折って開くと、2羽の鶴が6、7割方まで出来上がっている。
 折り慣れた作品にもかかわらず、私は一瞬手品を見ているような錯覚を覚えた。

 この江戸の鶴折りは、実にバリエ-ションに富んでいて、一枚の紙から百羽の鶴を作ったりする。八羽の鶴が羽をつらねて仲良く輪をつくる“八橋”、背中に雛を背負っている親子鶴の“巣籠り”、五羽の鶴が次々に重なる“迦陵頻(かりょうびんが)”その他“蓬莱(ほうらい)”“餌拾”“昔男”など、どれも造形の極致と言っていいほどみごとなものだ。これを見ただけでも、江戸庶民の文化水準というか、生活の潤いというか、その高さ深さには感心させられる。

 私の姪が、保母さんになるための大学に行っていた、その大学で
 「折り紙を30以上作ってきなさい」
という課題が出たという。彼女は私のところに教わりにきた。その時、保母さんはみんな折り紙ができないといけないのだなと初めて知った。実は、折り紙は保母さんだけでなく、すべてのお母さん方がやるといいと思っている。せいぜい『鶴』くらいは折れなければなるまい。なぜなら、鶴折は、それからいろいろの折りに発展していく折り紙の基本形の一つだからだ。

 また、ある時は、3年生の担任の先生がやって来て、
 「校長先生、クラスで折り紙をしますので、講師になってください」
と頼み込んで来きたことがあまる。そこで、比較的優しく造形性にも富む『鹿』を教えてやることにした。ただ、40人の子供の中にはいろいろな子がいて、講師一人ではとてもだめだということが分かった。なにせ、
 「校長先生、ここはどう折るの?」
 「校長先生、わかんない」
とあちこちから声がかかって、講師はスタ-並みになってしまうからだ。
 保護者相手の講習会の時にも、折り紙のセミプロと一緒にやったこともある。このセミブロ氏は、どんな複雑な、またどんな高度な折り紙~たとえば、恐竜など~でも、一旦すべて解きほぐしてから、また元に組み立ててしまうほどの腕前だった。

 折り紙は、コミュニケ-ションや脳の働きを活性化するだけではない。なにより一切を忘れて無心になれ、精神の安定にもつながるのだ。 折り紙をやってみてはどうだろう。



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