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源氏物語

源氏物語たより262

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   センター試験に挑戦  源氏物語たより262

 今年(平成26年度)の大学入試センター試験の古文は、たまたま源氏物語から出題されていた。センター試験とはどの程度の難しさなのか、また私の源氏物語の理解度はどれほどなのかを知りたくて、チャレンジしてみた。
 その結果は惨憺たるもので、50点満点で24点。これではどこの大学からも門前払いだ。
 
 出題の箇所は『夕霧』の巻。
 夕霧は、光源氏と葵上の間の子で、日頃「まじめ人間」で通っていたが、どうしたことか、ある時突然、故柏木の妻の落葉君を深く愛するようになってしまった。それを怒った夕霧の妻・雲居雁は、姫たちと幼い子だけを連れて実家に帰ってしまう。ユーモアーとペーソスに溢れた紫式部の筆の冴えを感じさせる大変面白い場面である。
 
 ところが、センター試験で改めて本文を読んでみた感想は
 「いやはや、なんと難しい文章であることか」
ということであった。こんなに難しい文章が高校生に分かるものだろうか、高校の古典の授業でこんなに難しいところを学んでいるのだろうか、と疑問に思うとともに、それでもこれをすいすい解いてしまう高校生もいるのだろうことが信じられなかった。
 源氏物語を十五回も読んでいる私は、この場面の状況は手に取るように知り尽くしているのに、それでもこうして出題された本文を見てみると、細かい部分の意味が理解できていないのだ。源氏物語がいかに難解なものであるかが、改めて証明された思いであり、それに、私自身の日頃の読みがいかに杜撰(ずさん)なものであったかも証明された思いであった。
 
 難しさの第一は、やはり「格」が明示されていないことだ。誰の言葉なのか、誰が誰に向かって言っている言葉なのかが分からない。また目的格も所有格も分からない。それらは出題の後に付けられている「注」に頼るしかなかった。
 それに、設問に対する各五つの選択肢の微妙な違いに惑わされてしまうということも難しさを倍加させている。
 「さりとも」と思う。『さりとも』とは、「それにしても」「いくらなんでも」という意味であるが、それにしても、十五回も読んでいるというのに、この有様では自信もなくなってしまうし、みじめになってしまう。

 さて、出題の箇所を詳しく見てえみよう。
 夕霧の求愛を頑なに拒否していた落葉宮であったが、夕霧は彼女の邸に入り込んで主人顔を決め込み、ある晩、強引に契りを結んでしまう。そして、落葉宮の邸に入り浸ってしまって三条殿(夕霧と雲居雁の家)に帰っても来ない、という場面に続く部分が出題文である。
 こうなってしまっては、もう夫との関係も終わりであろうと、雲居雁は、姫たちと幼い子だけを連れて実家に戻ってしまう。なにしろ
 「まじめ人間が一端狂い出すと、もう何もかも忘れ去ってしまって、元には戻らないもの、という世間の話が本当なのだと実感した思いだわ」
と、彼女は何とも味気なく思いで、これ以上のみじめさは味わいたくないと家出を決行したのだ。
 夕霧が、落葉宮の所から、三条殿に帰ってみると、残された子供たちが母を慕って泣いている。夕霧が、雲居雁に帰るように何度も消息したが、彼女は帰るどころか、返事さえよこさない。
 仕方なしに夕霧は、彼女の実家を尋ねる。すると、彼女は姉の女御のいる寝殿に居座って、夕霧に会おうともしないのだ。この間、二人は皮肉なやり取りをするのだが、結局その晩は、子供たちと一緒に別の部屋に寝ることになった。寝ながら彼は思う。
 「落葉宮には厭われ、雲居雁には逃げられ、何とも中途半端な立場になってしまった。こんな嫌な思いをする「恋」だというのに、恋の情趣や面白さを喧伝する者がいるが、一体それはどういう人間なのか」
と。さすがに恋には懲り懲りしたようである。
 翌朝、姫君や幼い子に向かって、こう言い聞かせる。
 「さあ、私と一緒にいらっしゃい。お母さんの言うことなどは聞くのではありませんよ。あの人は物わかりのない人なのですからね」
 この部分は、これ以前に演じられる夕霧と雲居雁との夫婦喧嘩(たより51『日本一素敵な夫婦喧嘩』)などとともに、思わず吹き出してしまう大変面白いところだ。そもそも二人は筒井筒(幼馴染)の大恋愛の末に結婚したのであり、多くの子をもうけた夫婦なのだ。にもかかわらず、その相手(妻)を
 『思いとる方なき(物のわからない)心は、いと悪しきわざなりけり』
と、幼い子に向かって悪口を言うのだから、身勝手というものだ。
 また、夕霧自らが求めた恋だというのに
 『いかなる人、かうやうなること(恋路)、をかしうおぼゆらん』
と愚痴ってみたりする。
 何とも可笑しい限りだが、どんな恋でもまたどんな夫婦でも、やがては互いの心に隙ができてくるものだ。それは防ぎようのない、いわば宿命なのである。そういう人間のあさましさを、紫式部は可笑しくもほろ苦くも、ほのわびしくも描いていく。

 大学入試センター試験で、24点しか取れなかった腹いせではないが、とにかく源氏物語のこの面白さを損なわない出題にしてほしいと思う。今回の出題は、本文の核心をよくついていて、適切な設問だとは思う。が、その面白さに迫っているかといえば、とてもそうとは言えない。センター試験は高校の古文の授業に多大な影響を与えるものである。源氏物語をはじめとする日本の優れた古典の面白さや真髄を、若い高校生たちに伝えられる機縁になるような出題ができることを願って、センター試験の幕を閉じることにする。


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