郷愁

吉凶は人のありて日にあらず

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    吉凶は人にありて日にあらず

 ある日、近所のおじさんがやってきて、女房に言ったそうだ。
 「お宅の階段は、八卦から見るとまことに悪い。女の人が襲われるという卦が出ているから、階段の所にカーテンでもして目かくしをした方がよい。」
 これを伝え聞いた私は、痛く腹を立てた。そして、女房に言った。
 「今度あのおじさんが来たら『旦那がひどく怒っていた』と言っておいてくれ」
 まったく失礼なおじさんである。
 そもそも我が家が建ってもう30年経つ。この間何事もなく幸せいっぱいに生活してきた。夫婦の仲も円満そのものであるし、時々やって来る孫も階段から落ちそうで落ちない。
 あのおじさんだって、何度我が家に来たことだろう。それなのに今まで一度としてそんなことを言ってくれたためしはないのに、ここにきてそんな不吉なことを言う魂胆が判らない。善意に考えて、彼の八卦見の能力が著しく上がったということなのだろうか。あるいは、30年も経つと、家相も悪くなってきたとでもいうのだろうか。
 それにしても、「女の人が襲われる卦」とは何ということだ。我が家の女はきまっている。女房だ。襲われるはずがない。ここの時点で、すでにおじさんの卦は間違っている。
 『徒然草』で吉田兼好が言っている。
 「吉凶は、人にありて日にあらず」
 兼好の言葉を私は、強調して
 「心配するな」
と言っているのに、女房はひどく気にしている。もっとも八卦などまるで信じていない私でさえ、「まことに悪い相だ。いずれ…」と言われればいい気はしない。まことにおじさんの行為は罪深い行為だ。

 血液型だとか星座だとかで、商売運や旅立ちや人間関係や、はては、恋の成就の行方まで占ったりしては若者たちがキァアキャアよく騒いでいる。まあ、あれはあれで彼らの楽しみなので、なんの罪もない。
 私だって、時に神社でおみくじを引くことがある。
 「やや、大吉だ、ひょっとすると…」
などと思ったりする。しかし、そんなものをてんから信じているわけではない。そもそも神社のおみくじなど、大吉ばかりだということを知っているから、むしろ「凶」が出た時の方が、興奮する。
 「やや、ひょっとすると、いいことが…」
 おみくじがよく当たるものなら、みな争って神社詣でをするはずだ。誰もそうしないところをみれば、誰も信じていないということだ。
 おみくじ以外では、「仏滅」だとか「友引」だとかをカレンダーで見て、時に自分の行動を変えたりするぐらいだ。これだって信じているわけではないが、相手がどうとるか判らないから、変えるだけだ。あのカレンダーもまことに不便なものだ。兼好ではないが、まさに「吉凶は、日にあらず」なのだ。あんなものは早くなくしてほしいものだ。
 私には、水晶玉をにらんだり、筮竹(ぜいちく)を操っている姿などは滑稽にしか感じられない。

 昔、ある新興宗教の人がやってきて、家族の病気や不幸をネタに、
 「私たちの宗教に入らないから、こういうことになる」
などと言って、折伏に回っていたことを覚えている。私の家族はみな息災だったし、家族の誰もがそんなことは信じていなかったから、我が家にはあまり来はしなかったが、もし、不幸が重なるようなことがあったとしたら、どうしたか判らない。
 「今の状態のままではしょせんよくはならないのだから、いっそのこと入ってみようか」
などと思ってしまうのだろうか。そういう家族も多かったはずだ。新興宗教が雨後のたけのこのように衰えないのは、そのためだ。

 人の不幸をネタにするなどということは許されないことだ。兼好法師の言うことは真理に違いないのだが、それでも、「あなたの相が…」などと言われれば心穏やかでなくなる人もいるのだから、心ない言葉は厳に謹むべきだ。


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