郷愁

恵方巻 協奏曲

 ←源氏物語たより265 →ウグイスカグラ
   恵方巻 狂想曲

 “恵方”という言葉を知ったのはつい3,4年前のことである。1月に葉山の森戸神社に寄った時、境内の掲示板に俳句が何句か掲示されているのを見た。その中に“恵方”と言う言葉があったが、“恵方”など初めて聞く言葉だ、一体どういう意味だろうかとずっと気になっていた。ところが最近ではごく普通に恵方が登場するようになって、スーパーのチラシなどにも“恵方巻”などと出てくる。

 ある時、NHKで『恵方巻の作り方』というのをやっていた。その中でレポーターが「恵方巻の習慣は全国的になってきて・・」と言っていたので、「ああ、そうか恵方などと言うのはごく最近言われ出した言葉なのだな」と自分の知識不足でもなかったのだと納得できた。実はいささか劣等感を抱いていたのだ。どうもこの風習は関西で行なわれていたもののようである。今では寿司屋の幟などにも堂々と「恵方巻」「恵方巻」などと書かれて得意顔に風にはためいている。

 ところで、恵方巻とはどんなものなのか、またその食べ方とは。NHKによると海苔巻を作るのと同じようである。具として七福神にあやかって七種のものを入れる。カンピョウ、シイタケ、キュウリ、タクアン、卵焼き、カニ、デンブである。地方や家庭によって若干の違いはあるようで、春の七草ほどには厳密ではない。この海苔巻を一本丸々一人で食べなければいけないという。しかも恵方に向って黙って食べなければいけないそうだ。
 それにしてもこんな奇妙な食べ方や作り方を一体誰が決めたのだろうか。またその年の恵方など誰が決めるのだろうか、世論調査でもしたのだろうか。

 クリスマスの風習はすっかり日本に根付いてしまって、日本古来のもののようになっている。バレンタインの風習もすっかり当たり前のものになってしまった。チョコレートを上げないと違反のようになっている。男はチョコレートをもらうだけでいいのかと思っていたら、いつの間にかお返しをしないとこれも違反になる。これはたぶんに商業ベースに乗ったものだろうが、家庭内などでもやるようになってしまって、我が家でも時に女房がチョコレートをくれることがある。照れてしまう、いい加減にしなさい。
 今年のバレンタインデーは日曜日に重なってしまった。そこで皮肉な娘は言う。
 「今年はチョコレートの売り上げは、激減だと思うよ。だって義理チョコあげないですむもの。」

 恵方巻などは、たいした商売にもならないと思うのだが、商魂たくましい企業のことだ、何を考えだすか分かったものではない。1万円以上の恵方巻でないと「ご利益はない!」などと言い出しかねない。しかし、チョコレートほどにはいかないだろう。いずれ衰退してしまうだろうが、それにしても随分奇妙なことが流行り出したものだ。

 こんなくだらない風習を一体誰が言い出したのかと思ったが、それでも一応『広辞苑』で調べてみた。するとなんと厳然と載っているではないか。
 「古くは正月の神の来臨する方向。後、歳徳神(としとくしん)のいる方向。“吉方”」
とあり、俳句の季語にもなっている。“恵方参り”などという言葉もある。
 「正月元旦、その年の恵方に当たる神社に参詣すること」
だそうだ。また浄瑠璃の『夕霧阿波鳴渡』が例に上げられ、
 「天満とやらの明神様へ恵方参り」
とある。これは近松門左衛門の作だから随分昔からの言葉だったのだ。「へー、」と感嘆するとともに、また、そぞろ劣等感にさいなまれ始めた。

 そこで、『読本 俳句歳時記』も開いてみたら、あるある。“初詣”や“七福神”の項と並んで恵方がいっぱいある。
 「歳徳神のいる方向を陰陽道で恵方といい、その年の干支に基づいて決まる」
とあるところをみると、どうやら誰かが勝手に決めていたのではないようである。そして“歳徳神”は
 「正月に家に迎え祀る神、屋内の一室に年棚と呼ぶ棚を吊って司祭者(その年の年男、おもに家長)が行なう。」
ともある。
 「あれ?そういえば我が家でも、父親が正月になると神棚に向かってなにやらやっていたなあ。あれは恵方と関係あったのだろうか?榊を供えたりお神酒を上げたりしていた。でも恵方などという言葉、父親から一度も聞いたことがないがなあ・・」
なにやらまた分からなくなってきた。
 そこでさらに毎年檀那寺から配られる『日蓮宗御詳暦』を見てみたら、ここにも載っていた。
 「今年の暗剣殺は辰巳の方向、五黄殺は戌亥の方向、歳徳神は寅と卯の間、万事に良し」
 「万事に良し」はいいのだが、『「暗剣殺」とか「五黄殺」とか、わけの分からない言葉が麗々しく出ている。でもまあ、要は源氏物語などにもよく出てくる「方違え」などもこんなところから、決めるのだろう。

 改めて『歳時記』の俳句を見てみたら、
  陽出づる国の恵方よ伊勢の海  幸子
  恵方道犬の意向に従えり    愛子
などが載っていた。『俳風柳多留』には
 『息子の恵方は鬼門を心ざし』(鬼門とは遊郭のこと)
がある。これらの句を見ると、恵方といっても「伊勢」だったり「犬の行く方」だったり、「遊郭」だったり、なんとも頼りないものであることが分かる。そこで、私、
 『恵方など一切知らずに70年』   


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより265】へ
  • 【ウグイスカグラ】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより265】へ
  • 【ウグイスカグラ】へ