郷愁

学者乞食

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   学者乞食

 戦後もずいぶん経ったころ、私の家の近くの防空壕に、一人の乞食が住みついた。
この乞食が一風変わっていて、托鉢(?)に来ても食べ物を要求するでもなくいつもこう言う。
 「なにか、週刊誌とか、読み終わりの本でもありませんかね。」
それで、大人はみんなで「妙なお乞食さんだ。」とあきれたり、笑ったりしていたものである。

 それが、妙なことに、我々子供と、彼がすっかり仲良しになってしまったのだ。
 こんなことがあった。我々は、いつもの遊び仲間で彼の邸宅である防空壕を尋ねた。彼は、我々を歓待してくれて、部屋の中を案内してくれたり、いろいろの話をしてくれたりした。もちろんどんな話であったかは、今は覚えていない。ただ、彼の部屋には、週刊誌や本が堆く積まれていたのを覚えている。小学校の5、6年のことで、それがどういう内容の本であるかは分からなかった。まさか学者の読むような本ではなかったろうが、その時、子供心に「妙なお乞食さんだ。」と、大人と同じような感じを持った。
 彼は、
 「飯でも食っていけ。」
と言うと、防空壕の入り口に出て、飯合だったか鍋だったかで、飯を炊きはじめた。
炊き上がると我々は遠慮もなくそれをごちそうになった。今思えばずいぶん無謀なことであるが、戦後の、田舎ののどかな時代だったからこそできたのだろう。この話を家に帰って母親にした。しかし、母親も、「そんなことするもんじゃない。」とは言わなかった。その晩、私の今日の出来ごとがもとになったのか、家族で彼の話をしていた。親や兄たちは言っていた。
 「あのお乞食さんはただの人ではないかも知れない。ひょっとすると学歴のある、学者乞食かも知れないな。」

 その後、いつの間にやらこのお乞食さんも姿を消してしまい、4、5年も経つと、もう、彼のことについてだれもうわさをすることもなくなった。
 ところが、わたしは、再び彼と実に不思議な出会いをしてしまったのだ。
 私が、高校一年のある日、風邪をひいて学校を休み、奥の部屋で寝ていた時のことだ。うとうとしていると、裏で「こんにちは、」という小さな声がした。この時、家には私の他は誰もいなかった。熱もあり、だるくもあったので、そのままその声を無視して寝ていた。しばらくすると、いつも家族が集まって食事などをする四畳半で、カタカタ音がし始めた。「なんの音だろう。」とは思ったが、しばらくそのままにしていた。しかし、なかなかその音はやまない。仕方なしに起き上がり、納戸を通って、四畳半を覗いてみて、びっくりした。
 なんと、あの乞食が茶ダンスのものを漁っているではないか。彼も、私に気付いた。「あっ!」という表情をするや、脱兎のごとく八畳の間を通り抜け、表に飛び出していった。同時に私も、奥に逃げた。
 後で、庭に出て調べてみると、庭から畑を抜け、栗林の方に遁走した足跡があった。私も驚いたが、彼の方がもっと驚いたとみえ、畑の中についていた彼の足跡は、一歩が3~4メ-トルもあった。なにせ、暗い納戸から坊主頭の人間がぼそっと出てきたのだ。驚かないはずはない。
 結局、盗まれたのは高校入学の祝いにもらった、私の時計だけだと分かった。もちろん、警察に届けるなどということはしなかった。被害が少なかったからということよりも、あのお乞食さんだったからかも知れない。

 ところが、さらに、彼とは四度目の出会いをしてしまうこととなる。
 この盗難事件からずいぶん経って、時計のことなどもすっかり忘れていたころだ。突然、大和警察署から電話があった。
 「泥棒の常習犯が捕まったのだけれど、お宅の時計を盗ったと言っているので、首実験に来てもらえないか。」
というものであった。「いまさら」とは思ったが、いやとも言えず、迎えに来たジ-プに乗って出かけた。
 大和署の取調べ室のとなりの部屋に入れられ、相手からはこちらがいっさい見えないというマジックミラ-から覗かされ、「どうだ?」と聞かれた。それは紛れもなく、我々に昼飯をごちそうしてくれたあの“学者乞食”だった。彼には一宿一飯の恩義もある。「間違いです。」とでも言えば罪一等を減じられ彼のためにはよかったかも知れない。が、私は素直に、私の家に入った泥棒に「間違いありません。」と答えてしまった。
 もちろんこれ以後彼とは会っていない。
 恵む立場のものが乞食に施しを受けてしまったり、“学者乞食”と尊敬の念さえ持っていた者が、実は空き巣の常習犯だったり、まるで小説のような事件で、信じてもらえないかも知れないが、私にとってはまことに数奇な出会いとして、今でもあざやかに記憶に残っている出来ごとである。


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