源氏物語

源氏物語たより268

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   仏の世界から色欲煩悩の世界へ 源氏物語たより268

 『玉鬘』から『真木柱』までを『玉鬘十帖』と言って、よく面白みのない巻々と言われてきた。確かに『玉鬘』と『真木柱』を除けば、内容的には変化に乏しく退屈である。特に『胡蝶』や『蛍』の巻は、文章の難しさも加わってどうも馴染みにくい。
 『蛍』の巻は、光源氏が、養女格として引き取った玉鬘を、源氏の弟である兵部卿宮に引き合わせ、宮の気持ちを煽ってやろうと謀る内容である。その際、源氏は几帳の帷子(かたびら)に「蛍」をたくさん隠しておき、玉鬘と宮の隙をねっらって一斉に放ち幻惑してやろうという悪戯をする。
 蛍の光りで女を見せるなど、現実にはありえないことだし、悪戯が過ぎていていささか嫌味である。この巻は、『末摘花』の巻と同じように、紫式部が読者に阿(おもね)ようとするあまり、逆に面白味が減じてしまった。
 ということで、私は今までそれほど熱心にはこの巻を読んでこなかった。

 ところが、後半の源氏の「物語論」の辺りは、文章は難しいものの、紫式部一流の諧謔と皮肉がいかんなく発揮されていて、極めて面白いことに最近気が付いた。

 玉鬘は、五月雨の暑い時季だというのに、日夜、絵物語に読みふけっていた。特に『住吉物語』の女主人公が危機に陥る場面などでは、自分が九州を流離っている時に、土地の豪族・大夫の監に言い寄られた苦難と重ね合わされて、面白く夢中になって読んでいた。
 そこに源氏が入ってきて、こんな皮肉を言う。
 「まあ、女というものは、どうせ空事であるにもかかわらず、それに欺かれようと生まれついているものなのだね。多くの物語の中で本当のことなど誠に少ないというのに。それを真に受けてこの暑いなか、夢中になって読みふけっている。そもそも物語などは、嘘八百の上手な人の口からの出まかせなのだよ」
 玉鬘は、折角物語を楽しんでいたのに、皮肉を言われたので少々感情を害したのだろう、こう反論する。
 「偽りごとを言い慣れている人(暗に源氏のこと)は、物語をそんな風に解釈されるのでしょうが、私などは、物語は真実のことを描いていると思っておりますわ」
 さすがに言い過ぎたと思ったのだろう、源氏は急遽主張を変える。その論理はこうだ。

 「そうだね、物語は神代の時代からこの世で起こった出来事を書いたもので、世の真相を詳しく書き表わしている。歴史書などは、その一面を書きとめたものに過ぎない。
 物語というものは、世の中の出来事をそのままには見過ごすことができず、どうしても後の世に伝えたいという意識が創作させるものだ。
 その出来事にさまざまなデフォルメを加えて作るわけですよ。だから、一概に作り事と言ってしまうのも、物語の本旨に違ってしまいますよね。
 たとえば、仏が法を解くのに「方便」というものがありますが、法を説く相手によって、仏は話の内容を変えますから、一見矛盾しているように見えることもありますが、帰着するところは結局同じ趣旨なのです。
 物語も言わんとするところに向かって、さまざまな観点から迫るのですが、帰着するのは同じところ、ということです」
 
 このように源氏は、堂々たる物語論を玉鬘に向かって展開する。
 仏の「方便」と物語の創作との関係は、源氏の主張からは必ずしも分明ではないが、要は、「人を見て法を説く」という言葉があるように、その相手が、仏の真理を最も理解しやすいように、さまざまな方面から解き明かすということと、物語も、読者に最も分かりやすく楽しく理解してもらえるように、善人はより善人らしく、また悪人はより悪人らしく工夫や操作や誇張などを加えていくという面で、共通なものがあると言いたいのだろう。 
 これまで物語と言えば、女子供の慰みものと決まっていたものを、源氏(紫式部)は、物語を仏の教えになぞらえるなどして、並々ならない意気込みで、物語というものの評価を高めようとしているかにみえる。

 と、ここまでは「さすが源氏さま」と感心して聞いていられるのだが、次がいけない。
 『さて、かかる古言の中に、まろがやうに実法なる痴れ者の物語はありや』
 (このような物語の中に、私のようなまじめ一方の間抜けな者はいるだろうかね)
 いよいよ玉鬘への口説きが始まったのだ。源氏は、仏の世界の話から一気に煩悩痴情の世界に堕ちてしまった。彼の口説きは続く。
 「どんなに世間づれしていない物語のお姫様でも、あなたのように、私に対して冷淡でそっけなくしている女性などいないのではないの?この我々のような世にたぐい稀な関係を物語にして世に広めたら、さぞかし面白いと思いますよ」
と言うなり、玉鬘のところに寄り添って行く。
 源氏のねちねちした懸想にいつも困惑していた玉鬘は、「またおいでなさった!」と警戒し、こう反撃する。
 『さらずとも、かく珍らかなることは、世がたりにこそはなり侍りぬべかめり』
 まさに、彼女の言う通りである。養女に言い寄る養父など、それだけでも十分な世がたりになってしまう。源氏この時、三十六歳(今なら五十歳半ば)。
 源氏はそれでも怯(ひる)まず、
 「親の意向に悖(もと)るなど、仏の世界でも「不孝」としてよくないことにしているのだよ」
と言いながら、
 『(玉鬘の)御髪をかきやりつついみじく恨み給』
うのだ。またまたここでも仏を持ち出すのだから、救いようのない男である。結局、彼の物語論は玉鬘を口説くための「方便」だったようだ。
 仏まで持ち出して、高尚な物語論を展開していながら、一気に人間煩悩の最たる色欲の奈落に落とし込む紫式部の筆の運びの鮮やかさには、舌を巻く。


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