源氏物語

源氏物語たより271

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   垣間見の虜になったか夕霧  源氏物語たより270

 野分の日、偶然義母・紫上の姿を垣間見してしまった夕霧は、そのあまりにも美しい姿に終日あくがれ歩くほどであった。その体験が彼を大胆にしてしまったのだろうか、その後も垣間見の虜(とりこ)になったように六条院の女性方を覗きまわる。「まめ人間」はすっかり変わってしまったのだろうか。

 光源氏の供をして玉鬘のところに行くと、源氏は、彼女の部屋に入り込んでなにやら睦まじげに話し込んでいる。夕霧は、この時点では、玉鬘は異腹の姉弟だと信じている。だから、父がどうして自分の娘とそれほど親密にしているのか不審でならない。
 それでなくても以前からこの異腹の玉鬘を見てみたいという思いがあったので、自ずから彼の視線は二人のいる部屋の方に向く。すると野分のためであろう、几帳は立ててあるものの、部屋の御簾が乱れていて、垣間見には誠によき条件になっている。
 『やをら(御簾の)ひま引き上げてみるに、紛るるものどもも取りやられたれば、いとよく見ゆ』
 乱れた御簾の隙間から部屋の中を覗いてみたところ、部屋の中がよく見えるではない
か。すると、そこには源氏が玉鬘に戯れかかっている姿が見えた。彼は『あやしのわざや』とつぶやきながらこう思う。
 「いかに親子とはいえ、懐に抱かんばかりにすべきものだろうか」
 垣間見しているのを見つかるのも怖ろしいけれども、あまりに不可解な情景に目を離せなくなった。そのうち源氏が玉鬘を引き寄せると、さすがに彼女は困った様子ではあるが、それでも
 『なごやかなるさまして、(源氏に)寄りかか』
っているのだ。彼はなんとも『うとましい』情景を見てしまったものよと思うものの、それでも玉鬘から目を離さない。
よくよく見れば、玉鬘は、先ほど垣間見た紫上には見劣りはするものの、自然に微笑まれてくる愛嬌は、紫上に劣らない。そこで彼はまた玉鬘を花に譬えてみる。彼女は
 『八重山吹の咲き乱れたるさかりに、露のかかれる夕映え』
の様で、いつまでも見ていたいと思うほどの美しさである。しかし、源氏が立ち上がったので、彼も仕方なくそこから立ち去る。親の情事を見てしまった子の気持ちはいかばかりか思いやられる。

 さて、次に回ったのは明石姫君のところである。いくらなんでもまめ人間の夕霧のことであるから、ここでは垣間見などするはずはなかろう。と、思ったら、あにはからんやまたまた始めてしまった。先ほど見た『花ども(紫上、玉鬘)の顔』とどう違うか見たくなってしまったのだ。
 『例はものゆかしがらぬ心地に、あながちに妻戸の御簾をひき着て、几帳のほころびより見れば・・(姫君が)はい渡り給ふほどぞふと見えたり』
 無理をして御簾を身体に引きかぶり、身を隠して部屋の中を覗き見している夕霧の姿はなんとも滑稽である。しかも「いつもはそんなに物を見たがったり聞きたがったりしない性格であるのに」と注釈がついているというのも可笑しい。
「几帳のほころび」とは、几帳には四、五枚の布が垂れているが、それぞれの布は縫い合わされていない。したがってその布と布との間に隙間ができる。その隙間を「ほころび」というが、そこから中を覗き見しているのだ。
 一昨年くらい前までは稀に明石姫君の姿を見ることはできたのだが、成人した今はそうたやすく妹の姿を見ることはできない。姫君の姿を見るのはそれ以来のことである。こうして見ると格段に美しく成長している。彼の譬え癖がまた始まった。姫君は
 『藤の花とやいふべからむ』
様なのである。その藤の花が、「木高き木より咲き懸って風に靡いて匂ってくる感じ」であるというのだ。
 紫上の「桜」の譬えにしても、玉鬘の「八重山吹」の譬えにしても、姫君の「藤」の譬えにしても、いずれもさてそれではどんな印象なのかといえば、さっぱり要領を得ないのだが、あえて言えばこんなことなのかもしれない。
 桜は花の「王」であるから、紫上は全てに抜きんでた美しさということであろう。一方、八重山吹の黄色は華やかで麗しい。つまり玉鬘は心浮き立つ美しさとでも言いたいのだろう。また藤の花の紫は「尊貴」を表わしている。やがてこの姫君は中宮になるのだが、そんな資質をこの段階ですでにたたえているということだろう。
 とにかく際だって美しい女性たちばかりだということである。

 わずか一日のうちに、三人もの超美しい女性たちを垣間見させてくれたのは野分である。彼はまじめ人間の常で、「ものを見たい聞きたい」などという意識は日頃はそれほどないのだが、観測史上まれな野分が彼の人格まで変えてしまったようだ。気圧の変化は人の精神(気分)を変えるとは現代でもよく言われるところである。
 まして彼は十五歳、自然現象が若者の心を狂わせてしまったとしても、誰も非難できるものではない。

 筒井筒の関係にあった雲居雁との仲を裂かれた夕霧が、彼女の父・内大臣に結婚を許されるのは、この野分から三年後のことである。それ以降、彼の「まめ人間」は本領を発揮し、雲居雁一筋に生き、大勢の子供をもうける。野分の影響は少なかったようだ。
 そしてその後、彼が狂い出すのは、さらに十一年も後のことである。この時の狂いを彼にもたらしたのは自然現象でも垣間見でもなかった。長い年月は、堅固な夫婦関係をも変えてしまうという避けることのできない宿運である。
 この時の詳細については、『たより51 日本一素敵な夫婦喧嘩』ですでに述べたところである。


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