郷愁

虚像はますます虚像に

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   虚像はますます虚像に


 偉人とか英雄とか奇人とかの像というものは、時とともにますます偉人性を増し、英雄性を増し、奇人性を増していくものである。 
  このことは義経などが典型的で、判官びいきも手伝って義経像は時代とともにますます義経らしく成長していった。人知を越えた活躍をするようになったし、悲劇の主人公はいよいよ悲劇性を拡大していった。また、彼の美男はますますその美貌に研きをかけていった。
  しかし、いくら身軽とはいえ五條の橋の欄干にヒラリと飛び乗ったり、いくら小さな船とはいえ、八艘(はっそう)もの舟を飛び越えるとは。
  二宮尊徳像もそうだ。なにせ“尊徳”と敬称される道徳家である。尊徳らしい形象が次々つけ加わって、彼の道徳性はますます堅固になっていった。それに反する逸話は削除せざるを得ないのだ。
  しかし、考えてみれば、たき木を背負って本を読むなどという行為は、非能率なことこの上ないことであって、尊徳のすることではない。本当の尊徳は、本を持つ手にさらにたき木を持ったことだろう。それこそ実務家、倹約家・尊徳である。
 また、彼ほど奇人であった人も少ない。彼は、村人の奢侈(しゃし)を禁じたのであるが、いくら質素な生活をしているかどうか調べるためとはいえ、早朝村中を回り、各戸の戸板の破れ穴から家の中を覗くなどというのは、とても尋常な行為とは言いがたい。普通の人や道徳家のすることではない。
 とにかく、一休さんはより一休さんらしく、大岡越前はますます越前らしく、時代とともに成長していったのだ。

 こういう偉人などにかかわるいわば虚像は、長い年月が次第につくり上げていくものとばかり思っていたが、決してそうではなく、その人の死とともに、即作られていくものだということを、木下信三著『山頭火虚像伝』(三省堂)で知らされた。
 山頭火が没して75年経つ。今では山頭火の像がすっかり定着してしまって、山頭火といえば、“放浪遍歴の俳人”であり、“行乞行脚の俳人”であり、“酒豪の俳人”である。彼のトレードマークである度の強い眼鏡と網代笠、それに杖などが、彼のイメージをますます山頭火らしく印象付けた。
 これらのイメージづくりに功があったのは、時代の流れではなかった。山頭火の友であり、俳句の仲間であり、庇護者でもあった大山澄太などの意図的な創造であった。つまり、山頭火と同時代の人々によるものであったのだ。私も、山頭火に関する知識の多くを、大山澄太の著である『俳人山頭火の生涯』(弥生書房)によっている。

 木下信三は、山頭火の死の様子について検証している。
 山頭火の死の前日、四国松山の一草庵に句友が集まって句会を開いた。そして飲み騒いだ。この日、彼は体調を悪くしていて隣室に臥せっていて、会には出なかった。夜、句会も終わり、臥せっている山頭火を残して句友はそれぞれ散会していった。次の朝、山頭火は見事に一人死んでいたのだ。彼がいつも願っていた「コロリ往生」である。この死に方は山頭火にもっとも山頭火らしい死に方であった。
 ところが、『山頭火虚像伝』によれば、決してそんなことはなかったというのである。山頭火の容体を心配した一人の句友が、その夜、一草庵に山頭火の様子を見に戻っているというのだ。山頭火の尋常でないのを見た彼は、医者を呼びにいった。医者が到着した時には、すでにこときれていたのだが、これをもってたった一人の死、いわば“独死”と言えるかどうか。少なくとも、大山澄太の記述しているような「往生」の様子とはまつたく異なるのである。
 考えて見れば、体調を崩して句会にも出ない主人・山頭火を独り残してみんな帰ってしまうだろうか。それではあまりにもつれない句友ばかりということになってしまう。

 また、木下信三はもう一つの有名な場面も検証する。
 それは、乞食行脚から久し振りに故郷・防府に帰った山頭火が、妹の家に立ち寄った時のことだ。大山澄太の書によれば、妹は、乞食同然の兄を迷惑に思っているのがありありである。しかたなしに一夜だけは彼を泊めるのだが、翌朝早々に
 「兄さん、すまんことですが、のんた。近所の家が起きぬ間に、早く去んでおくれ、ほいと(乞食のこと)ほいとと言われると困るから、のんた。」
と言って追い出すように送り出しているのだ。山頭火の、“故郷さえ失った独り”が際だつ場面である。まさに山頭火はこうでなければならないことを印象付ける。
 しかし、実際はまったく異なるのだ、と木下は言う。なぜなら、彼はこの時、妹がもてなしてくれた酒を楽しみ、快く2泊もしているのだ。そして、この時を含めて、前後8回も妹の家に泊まっている。そそくさと追い出されるような家に、8回も泊まるであろうか、と言うのである。
 確かに常識的に考えればそんなことはありえないし、いくら乞食のような兄でも、兄に向かって「ほいと」と言うであろうか。

 さらに、山頭火が長野県飯田に行った時のことも木下は例に上げている。
 旅の途中体調を崩した山頭火が、飯田の某病院に緊急入院したことがある。ところが、酒も出してくれない病院を不満として、彼は病院からの脱出を図る。トイレに行く振りをしてそのままトイレの草履をつっかけて外出し、コップ酒を二杯ぐいと飲み干すなり、駅に向かう。そして、翌朝汽車に乗り、山口にまで帰ってきてしまったという逸話である。これもいかにも山頭火にふさわしい逸話である。
 考えて見れば、病院に緊急入院するような体の弱った人間が、トイレの草履を突っ掛けたまま、病院を脱出するなどということがあろうか。酒をぐいっと飲み、駅舎で夜を明かし、そのまま汽車で山口まで帰ってしまうようなことがあり得るだろうか。彼の必需品である網代傘や杖はどうしたのだろうか。言われてみれば、およそ道理にあわない逸話である。
 しかし、我々は指摘されるまでこういうことには気が付かない。
 木下は、山頭火の日記を綿密に調べるとともに、現地を歩いて徹底的に検証した。そのことで大山澄太などの著述にさまざまな矛盾があることを見出したのだ。だから木下の論に間違いはないような気がする。

  山頭火の日記が残っているにもかかわらず、どうしてこのような虚像ができていくのだろうか。
 それは、山頭火の取り巻きや信奉者は、山頭火とは「こうであらねばならない」という強い思いを持っていて、「こうでなければ山頭火らしくない」という固定観念が、“意図的”とまでは言わないが、善意にそしてごく必然的に山頭火像を作り上げていったのだ。
 ところで、私は、仏教学者の紀野一義という人が好きで、かって彼のいろいろの著書を読んだことがある。その中に『放浪遍歴の世界』(NHKブックス)があり、歴史的に有名な放浪遍歴の人物として西行や芭蕉や山頭火が上げられていて、感動的な著書であった。
 その紀野が、大山澄太の“山頭火論”をまったく疑うことなく利用している、と、木下信三が指摘しているのにはびっくりした。私の尊敬してやまない、あの論理明快で理知深い紀野にして、大山たちによって作られた虚像に踊らされてしまうのだ。
 別の深い感動を禁じえなかった。

 こうなると、私が、もっとも山頭火らしい場面としていつも例に上げる“あの場面”も創造なのであろうか、と、心配になってきた。
 “あの場面”とは、大山が、名酒“賀茂鶴”二本と豆腐を持って山頭火の庵である其中庵(ごちゅうあん)を訪れる場面のことである。この場面は、私はしばしば文章にもし、人に語りもしたところである。

 「山頭火は顔色をかえて喜んだ。私(大山澄太)が一升瓶を入り口に置くや否や、湯飲みをもってきて、ビンの口を上にはねて、早速いっぱいついで一息に飲みほした。そして、『うまいのう。あ、こんなうまい酒を二本もわたしにくれるのか、のんた』という」

 なぜこの場面が好きなのかといえば、酒豪・山頭火の面目躍如の場面だからである。“ビンの口を上にはね”とは、なんとも酒飲みらしい。「山頭火はこうあらねばならない」その典型の場面であるからだ。
 もう一つ理由がある。それは「賀茂鶴」の面目も躍如であるということだ。私が愛してやまない広島の名酒・賀茂鶴が、私の愛してやまない山頭火のこんな場面に登場していることに、無上の感慨を覚えるのだ。『俳人山頭火の生涯』を読んだ時に、私は、大山澄太という人物をも尊敬したものである。
 しかし、この場面こそ、『虚像伝』の典型かも知れない。もう人には言わないことにしよう。

 では、我々は何を信じたらいいのだろうか。山頭火の日記であろうか。しかし、日記というものほど虚構性の強いものはない。自分に不都合なことは書こうとしないし、将来禍根を残すようなことを書くはずはないからだ。
 となれば、作品そのものを鑑賞する以外にないのだ。句の裏や逸話はとにかく、その作品を純粋に鑑賞することだ。事実との関係で作品を見れば誤ったことも言いかねない。
 大岡信は、『百人百句』の中で、自由律俳句として、尾崎放哉の句を上げ、山頭火の句は上げていない。私の不満とするところであるが、とにかく大岡は言う。
 「(山頭火は)俳句そのものにはいちいち書かれていないから、いつも大きな空の下にいる感じだが、行く先きざきで人の世話になっている。あまりにやせ細った世界に生きた…」
 それに比べて、放哉の生き方は「厳しいものであった」と言うのであるが、そうだろうか。
 確かに、山頭火には句友、知人が多く、旅の先ざきでいろいろ世話になっている。しかし、44歳で得度し、45歳から、四国、九州、関西、関東、東北と、死の年まで、伊能忠敬顔負けに、ひたすら旅を続けたのだ。そのほとんどは、安宿や寺であったはずたし、野宿(?)であったはずだ。そういう山頭火の世界が、「やせ細っていた世界にいた」と言えるのであろうか。
 やはり、私は、純粋に作品そのものを鑑賞していこうと思う。

 『うしろすがたのしぐれてゆくか』



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