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源氏物語

新解 月の入りはつる程

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   新解 月の入りはつる程  源氏物語たより273

 私は、源氏物語については素人であるから、何が正しい解釈であるのか何が間違ったものであるのか自信を持って言える立場ではないのだが、それでも今まで読んできて、現代の学者たちが当然のこととしている説のうち、どうも納得できないという解釈にしばしば出くわしてきた。
 たとえば、『夕顔』の巻の「心当てに」の歌などもその一つである。この歌に関する従来の解釈はどう考えても間違っていると思うので、何度も何度もいろいろの角度から私見を述べてきた。
 最近では、源氏物語の主題に関連するのではないかと思うような重大なことに関しても疑問を持たざるを得なくなっていることがある。たとえば、その一つが「末摘花」という人物の捉え方である。彼女は果たして脇役であろうか。また「末摘花」関係の話は、傍系の物語であろうか。秋山虔(『源氏物語』岩波新書)なども、
 「(末摘花の物語は)あの本系の光源氏の物語から外れた内証事に属するのである。さてこうした付属的な物語は・・」
と述べている。「末摘花」の話は、内証事であり付属的な物語なのであろうか。私は、決してそうではないと思う。それどころか「末摘花」という女性は、紫上などと並んで立派な主役を演じている人物ではなかろうかと思うのである。また、末摘花の物語は、決して傍系でも付属的な物語でもないと、最近では確信を持つに至っている。
 この問題は、源氏物語の主題をどこに置くかにかかわってくることで、『源氏物語たより264 末摘花は脇役か』でもその一端を述べてきた。これは非常に大きな問題に関連してくるので、さらに熟慮したうえで触れてみるつもりでいる。

 今回は、それよりも小さな問題ではあるかもしれないが、従来のさまざまな解釈が、みな肝心なことを見過ごしていることに不審を感じたので、そこを正してみようと思う。
 それは、『須磨』の巻でのことである。光源氏は須磨に退去するに当たって、関係する人々を夜分こっそり訪れ、別れの挨拶をする。
 京退去の二、三日前のこと、花散里を訪ねる。この時、紫上との時間を多く持ちたいということもあったのだろう、出かけるのも億劫な気がして、たいそう夜更けてから出かけた。そして、まず花散里の姉の元女御に逢った後、
 『月おぼろにさし出で』
るころ、西おもてにいる花散里のところに渡って行く。彼女は、いざって源氏を迎え、そのまま二人は月を見ながら明け方近くなるまで、縁で物語をし尽くす。春の短夜のこと、やがて
 『鳥もしばしば鳴けば、世につつみて急ぎ出で給ふ』
源氏の姿を見ながら、花散里はこう思い、そして歌を詠む。

 『月の入りはつる程よそへられて、あはれなり。女君の濃き御衣に(月影が)映りて・・
 月影のやどれる袖は狭くとも 留めても見ばやあかぬ光を』

 この「月の入りはつる程」の解釈が今回の問題部分である。まずこの部分を除いた全体の意味を先に述べておこう。
 「(源氏の急ぎ出で給う姿が、月の入りはつる程)のように思い比べられて、限りなく哀しく思われる。花散里の紫色の濃い衣に月影が映って
 『月影が映っている私の衣の袖は、人並みにもならないほど狭い身ではございますが、その袖に映っている月の光(源氏さまの姿)をいつまでもいつまでも袖にとどめて見ていとうございます』」

 さて、それでは「月の入りはつる程」に関する従来の解釈がどうなっているのかそのいくつかを見てみよう。

 秋山虔他『完訳 日本の古典』小学館
 「月が西に隠れる風情が、いつものように源氏の君のお帰りの様子に思い比べられて・・」
 山岸徳平『日本古典文学大系』岩波書店
 「月が西山に沈んでしまう様子を、今帰る源氏の様子に自然なぞらえられるので・・」

 谷崎や瀬戸内などの翻訳書もこれらと同じように訳している。林望の訳は「折しも、月が山の端に沈んで姿を隠そうとしている。花散里には、その沈みゆく月影が今や遠く去って行こうとする源氏の姿と重なって・・」である。
 玉上琢弥『源氏物語評釈』(角川書店)だけは若干変わっていて、
 「(帰って行く源氏が)月の入り際にたとえられて胸が迫る」
としており、「この部分にはいくつもの語釈がある」と断っている。
 これらの解釈や翻訳が、決定的な過ちを犯していると思われるのは、「月の運行を全く考慮していない」ということである。玉上は、私の考えに近いのだが、それでも月の運行については一切触れていない。

 それでは、もう一度最初から源氏や花散里の行動と月(時刻)の関係を追ってみよう。源氏が家を出たのは
 『いとう(夜を)ふかして』
である。したがって彼が家を出たのは、十時とか十一時とかの遅い時間である。元女御と話した後、花散里のところに行った時には
 『月おぼろにさし出でて』
であった。さてそれではこの時期の月の出は、何時なのかみてみよう。
 時は三月、源氏が実際に須磨に立ったのは三月二十四日であるから、この話はそれよりも二、三日前のことである。仮に三月二十一日としておこう。この時の月の運行は、次の通りである。
 月の出 23∶15  月の南中 4∶30  月の入り 9∶48
 京は山があるので月の出は若干遅れるのだろうが、いずれにしても源氏が花散里のところを訪れたのは、「月がおぼろにさし出」る頃だから、もう十一時を優に回っていたということになる。
 そして次に時刻を知らせる記述としては、二人が話をしているうちに
 『明け方近くなりにけり』
である。さらに
 『鳥もしばしば鳴けば』
という時間になってしまった。玉上琢弥は、
 「(男は)一番鳥の鳴く前に女の家を出るのがエチケットである。それは午前二時ころか」
と言っている。源氏は、「鳥がしばしば鳴い」てから出たのであるから、午前二時を過ぎていて、三時近いころと見ていいだろう。
 この時の月は天のどこに位置しているであろう。午前三時には月は沈むどころではない、南中さえしていないのだ。だから、林望の訳のように「月の入りはつる程」を、「折しも、月が山の端に沈んで姿を隠そうとしている」と訳すのはとても考えられないことなのである。月は中天にも達していないで、まだやや東の空で輝いている。
 つまり、「月の入りはつる程」の月は、現実に月が山の端に入ることを言っているのではないということである。譬えである。源氏が現在置かれている立場を譬えたもので、今まで近衛大将として輝かしく照っていた源氏(月)が、不遇にも京を去らねばならなくない立場に陥ってしまった。それは、花散里にとっては、今まで自分を優しく照らしていてくれた月が沈んでしまって(入り果てて)、闇夜が訪れることを意味する。

 源氏が、花散里邸を訪ねた時に、邸内の様子を見まわしながら、こんな印象を持ったと描かれている箇所がある。
 『この御かげに隠れて、すぐい給へる年月、いとど荒れまさらむほどおぼしやられて、殿の内いとかすかなり』
 「この御かげ」とは、「源氏のお陰」ということで、長いこと彼女の家は源氏の援助で成り立っていたのだ。自分がいなくなれば、今でも心細い状況なのにますます荒れ勝ることになるであろうと、気の毒に思っているのだ。
 だからこそ、源氏の須磨退去は彼女にとって、一入
 『あはれ』
なのである。
 このように解した時に、源氏の返歌の意味もすらっと解けて来る。
 『行き巡りついにすむべき月影のしばし曇らむ空な眺めそ』
 「京を離れて彷徨ったとしても、それはしばしの間の曇った月(不遇な身)でしかありません。だから、そんな月ばかりを眺めないでほしい。いずれは澄んだ月として京に戻ってきて、あなたと共に住むことができるのだから」という意味である。
 月の動きをきちっと捉えることで、初めて文意も歌の内容も正しく解釈できるのである。

 こんな単純なことを学者たちはなぜ見過ごしてしまったのだろうか不思議でならない。恐らくそれはこの場面が終始「月」で構成されているためと考えられる。たまたま源氏が花散里邸を去ろうとしたのが、朝方であったために、「月の入りはつる程」を、月が山の端に隠れる時刻と早合点してしまったのだ。ところが残念ながら、この時期、月の入りは九時四十八分なのである。
 このことに迂闊であったのは、月というものを軽く見すぎていたためである。月は源氏物語の中で、しばしば重要な役割を演じているにもかかわらず、彼らは、月を「端役」だと思って軽視したために起こした過ちである。それは末摘花を端役だと言って割り切ってしまう軽率さにつながるものではなかろうか。
 こう考えて来ると、この「月」も決して小さな問題ではなかったのかもしれない。



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