郷愁

上越雪譜 こもごも

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   上越雪譜 こもごも 

  数年前、新潟の十日町市松代出身の方から、松代には名物の《越後まつだい冬の陣》という催しがあるから来ないかと誘われたので、行ったことがある。
  「雪はあるの?」と聞くと「もちろん!」と言う。それで喜んで行くことにした。なぜか最近雪に飢えている状態なのである。松代は、豪雪地帯なので、「雪はあるの?」と聞く自分が非常識なのかもしれない。彼は以前よくこんなことを言っていた。
  「雪が降るとこちらの人(神奈川の人)は大喜びをするのだけれど、私にとって雪は魔物で、雪が降ってくるとまた今年も魔物がやって来たなと感じたものですよ」
  松代というところは、かつては2メートルも3メートルも雪が積もったものだと言う。時には4メートルもの雪が積もったこともあったそうだ。

  ところが、松代に行くという数日前、NHKテレビで妙な映像を見てしまったのだ。十日町に近い六日町の街や田や畑にまったく雪がない。
  「あれ、これって、新潟の六日町なの?一体どうなっているのだ」
  新幹線越後湯沢駅に降りてみて驚いた。確かにNHKの映像どおり、駅の周辺には雪がなかった。
  《まつだい冬の陣》の会場もやはり雪はなかった。札幌の雪祭りが年によってそうであるように、ここでも雪を大量にダンプカーで運んできたのだという。雪がなければ《冬の陣》どころではない。
  会場にいた地元の人たちは、わざわざ雪を求めて松代までやってきた私に向かって、盛んに申し訳なさそうに言う。
  「今年は雪が少なくってね、今年の少なさは記録的ですよ」
  「以前は3メートルも4メートルも積もりました。家から出る時には、二階から出ました。電線に気をつけるようによく注意されたものです」
  《まつだい冬の陣》のハイライトは、会場から381メートルの山の上にあるお城・松代城まで、さまざまな障害を乗り越えて一番乗りをするという過酷なレースだ。名づけてで《のっとれ!松代城》という、いわば先陣争いである。もちろん最大の障害は雪である。山上のお城までの急坂を雪にまろびころびつ駈け登るのは、並大抵のことではない。ところが、その肝心の雪がないのだから、先陣争いのおもしろさは半減してしまう。
  「今年は雪が本当に少ない、記録的だ」
と皆さんは口々におっしゃるのだが、今年だけなのだろうか。
  15年ほど前、六日町小学校に視察に行った時のことである、1月だというのに、小学校への道には雪は20センチもなかった。学校の窓にはめられるはずの雪防ぎの板が暇そうに窓辺に立てかけられていた。その時「豪雪地帯といっても今はさほどではないのだな」と感じたのだ。地球規模の気候の変化は《豪雪地帯》というものを、伝説にしてしまったのではなかろうか。

  「冬の陣」の夜、芝峠温泉というところに泊まった。露天風呂に入っていると、頭の上に冷たいものが落ちてきた。なんと雪が降ってきたのだ。すると誰かが言った。
  「これは積もるかもしれないぞ。こういう雪は積もるんだよ」
雪のなくなってしまった雪国で、そう簡単に雪を期待していいのだろうか。
  ところが、翌朝目覚めると、外は一面の銀世界になっていた。たった一晩で15センチも積もったのだ。戸外は、昨日の景色とは一変していて、350メートルほどの高台にある芝峠温泉の、開放的な宿の窓から見る光景は目を見張るものであった。眼下に広がっていた棚田はすっかり雪に埋もれている。針葉樹の枝先に積もった雪が陽を浴びて眩しい。時折棚田の周囲のヒノキの枝からはらりと雪の塊が落ちる。遠くに苗場山が見える。巻機山のはるか向こうには谷川岳があるのだという。
  《まつだい冬の陣》のメーンは今日である。天は「冬の陣」に加護を垂れてくれたようである。土地の人にとっては、これくらいの雪は雪の中には入らないのかも知れないが、雪に飢えている私にとっては「これでも十分」である。
《のっとれ 松代城!》の優勝者には、米一石が出るという。雪の降り方は少なかったとはいえ、山上のお城に雪にまろびつ一番乗りし、米一石を取るのはやはり大変なことだろう。

  松代には、「冬の陣」以外にも見ものが多く、産物も豊富なのだそうだ。蛍の時季には都会から大勢の人が来るという。雪の作った清冽な水は蛍をよりよく育むのだろう。また、雪解け時季の山菜取りにも大勢の人が押し掛けるそうだ。松代の人たちも、この時季は血湧き肉踊るのだという。コゴミ、カタクリ、ヤマウド、ワラビ、ミズナ・・
  「松代のフキノトウは都会のものとはまるで違う。エゴさがないから、渋抜きの必要がない。雪に圧しられて味が凝縮されるのだよ」
と彼らは自慢げに言う。やはり雪国には雪が相応しいのだ。
  私を誘ってくれたI氏の友人は、次男であったために東京に出るつもりでいた。ところが、兄と姉が雪崩にあって亡くなってしまったために、その人が後を継ぐことになり、以来農業をしているのだと言う。雪によるそんな悲劇もあったのだが、それもみんな「昔は・・」のことである。
  でも、雪の有無にかかわらず、ここの人たちのなんと温かいことか。大きなおやきを3つもくれる人がいたり、雪割り草の育て方を手取り足取りで教えてくれる人もいたりする。

  今年、雪のなかった「冬の陣」の名誉挽回をしてあげようと再び十日町を訪れた。今年は関東でも大雪なので、さぞたっぷりの雪を見ることができるだろうと期待していたのだが、やはり期待したほどではなかった。せいぜい一メートルほどの積雪であろうか。観光案内所の女の人は、
  「今年も雪少ないんですよ。どこの家も雪下ろしは二回で済んでしまいそうです」
と言っていた。雪用の靴を履いて行ったが、不用であった。きれいに除雪された道路を何の心配もなく、また十日町の市立博物館の国宝《火焔土器》を見て帰ってきた。やはり豪雪地帯は伝説になったようである。

  最後に鈴木牧之の『北越雪譜』の一節を上げておこう。
  『およそ雪九月末より降り始めて、雪中に春を迎へ、正、二の月は雪なほ深し。三、四の月に至りて次第に解け、五月に至りて雪全く消えて夏道となる。・・されば雪中にあることおよそ八か月、一年の間雪を見ざることわずかに四か月なれども、まったく雪中に籠るは半年なり。ここをもって家居の造りはさらなり、万(よろず)のこと雪を防ぐを専らとし、財を費やし力を尽くすこと紙筆に記しがたし』


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