郷愁

角館の布草履

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   角館の布草履

 旅行をしても、妻に土産を買って帰ることなどまずないのに、角館では衝動的に買ってしまった。それも単なる布草履なのに、4、000円もするやつである。土産といえば、《鮭とば》とか《岩のり》とか、酒のつまみになるようなものばかりで、それらは結局私自身が食べる結果になるのだが。

 実は過去にたった一度だけ、妻に土産を買ったことがある。米沢に行った時だ。他の仲間が、さくらんぼの佐藤錦などをぽんぽん買っている。8、000円も10、000円もするものをだ。で、私も見栄のようなものが出てきて、何かを買わないといけないと思ってしまった。『米沢藩御用達 牛や』と印がある帆布のバックが目に付いた。江戸時代から作られている名産なのだろう、と思った。薄みどりの無地でなかなかシックな下げバックである。お値段は7、000円。この値段はもう私にすれば「清水の舞台から」のような高級品である。それを思わず見栄で買ってしまった。
 妻は、私が珍しく土産など買っていったものだから、何事が起こったのかと不可解な顔をしていた。妻は最初こそ喜んで使っていたが、その後使っている様子はなくなった。マチが狭く、あまり物が入らないので、使い勝手が良くないのだろう。今では私の方がしばしば使っている。

 角館では、石黒家とか青柳家とか、江戸時代の家老や豪商などの旧家を見学し、気分が昂揚していた。角館の町並みは、道路も広々としているし、モミなどの古木・大木が立ち並んでいて、さすがに城下町の雰囲気が漂っている。
 最後に訪ねたのが、西宮家。
 ここの祖先の当主が書き残したという日記『東北遊行記』を見たら、実に事細かにさまざまなことが記述され、しかも大層綺麗で整った文字で書かれている。我々の想像をはるかに越える教養、知識を持ち、優れた文章力、書字力を持っている。歴史ある街は違うわい、と感心しながら西宮家物産ホールに入って行った。

 ホールに入ってすぐの部屋の床や壁に、布で作った草履が、満艦飾の形で並べられていた。さまざまな布を組み合わせて、絢爛豪華なもの、シックなもの、鄙びた感じのものなどさまざまである。それに布草履とは思えない質感がある。さすがに歴史ある街だけあるなあ、などとしきりに感動していた。
 ところが、そのお値段を見て再度感動してしまった。どれもみな、4、000円以上である。ほとんどが5,000円も6、000円もし、中には10、000円ものものもある。それらは、確かに見事な出来栄えではあるが、所詮古衣を集めてきて作ったものではないか。2、000円くらいがいいところではないのか。それだったら我が家にだって二足もある。ご近所のお年寄りが作って、ただでくれたものだ。ただ、洗濯板のようにぺちゃんこで頼りなく、この草履のようなボリューム感はない。それに頂いた草履は、鄙びた柄と言えば聞こえはいいのだが、はっきり言えば、田舎娘が履くようなもので、たぶん、以前奥様が着ていた寝巻きでも利用したのだろう。
 それに比べては、角館の物はかくがちがうのだが、いかにしてもあまりに高い。これではせっかく作っても売れないのではないか。ここで私の皮肉の虫が騒ぎ始めた。
 布草履の作者が、満艦飾に並べられた作品の真ん中にドンと座って、いろいろな説明を加えながら草履を編んでいたので、聞いてみた。
 「なかなか素晴らしいものだけど、ちょっと高すぎませんか?」
 「ん、高くて売れないだろう?とんでもない、これみんな売れちゃうよ。シーズン(これは枝垂桜の時期ででもあろうか)にでもなれば、お客さんの注文に追いつかないほどだよ。弟子?弟子はとらない。教えてくれと言う人は多いけれどね。根気の要ることだから長続きしないのよ。100足作ってまあまあ。200足、300足と作らなければ物にはならないからね。そっちの壁に掛かっているのが、私が教えた人が作った作品だよ。
 一万円の?それは売れるとか売れないとかではなくって、飾り。でも時々出ていくよ。
 私のはね、布もそれなりのところから仕入れてくるし、芯になっているのは本場のイグサ。本場のイグサにいい素材の布をきゅっと巻きつけるから、けっして型崩れしない。しっかりできてるってこと。
 中央が盛り上がっているだろう?そこに足のつぼが当たって健康に良いってわけさ。私のを使った人は一度履いたらもう手放せなくなる(足離せない?)」
 彼の弁舌と角館という雰囲気に、私の感覚はすっかり狂わされていた。
 そうか、健康に良いということなら妻も喜ぶだろう。買わないと損だ。そこで、早速家に電話をした。足のサイズを聞くためである。「23,5センチ」と言う。
 ところが、私が電話をしている間に、23、5のサイズが売れてしまった。私が狙いを定めておいた平安貴族の女房が履きそうな華やかにして気品のあるものを、彼と私の話を聞いていた女の人が、直前に買ってしまったのだ。あとに残ったもの23,5のものには気に入ったものがない。仕方がないので《22》のを買って帰った。
 妻に渡したら怪訝な顔をしている。
 「あれ、私、足のサイズ、23,5って言わなかったっけ?」、
 これでは結局妻のお気には召さず、また私が履くようになるのだろうか。はて土産とは難しいもの。


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