源氏物語

源氏物語たより277

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   苦しい源氏の弁解  源氏物語たより277

 明石の君との間に女児が生まれたことを、光源氏は言葉ではなかなか紫上に告白できずにいたが、いずれ彼女の耳に入ることであろうからと、苦い思いで次のように打ち明ける。

 『①さこそあなれ。②あやしうねぢけたるわざなりや。③さもおはせなんと思ふあたりには心もとなくて、思ひのほかに口惜しくなん。④女にてあなれば、いとものしけれ。⑤尋ね知らでもありぬべきことなれど、さはえ思ひ捨つまじきわざなりけり。⑥呼びにやりて見せたてまつらん。⑦憎み給ふなよ』

 文意が非常に難しいので、まずは意訳しておこう。
 「① こういうことなのだそうです。② 物事は不思議なもので、うまい具合にはいかないものだね。③ そうあってほしいところ(紫上)には子供ができないのに、思いのほかのところにできたりして、残念でなりません。④ それにしても生まれた子が女の子であったのが面白くありません。⑤ そのまま放っておいても構わないのですが、そうもうち捨てておくわけにもいかないでしょうから、⑥ そのうち呼び寄せてあなたにもお見せしましょう。⑦ お恨みにならないで下さいよ」

 この告白は、日頃の源氏の姿は全く影をひそめてしまって、しどろもどろである。あの立て板に水の爽やかな弁舌はどこにいってしまったのだろうか。それに日頃の彼の考え方とはずいぶん乖離(かいり)していて支離滅裂である。

 それでは一つずつ丁寧に見ていってみよう。
 ① は、自分のことを告白しているにもかかわらず、全くの人ごとである。自分のあずかり知らないことのように言い放っている。いくらなんでも「こういうことなのだそうだ」はあるまい。
 ②、自分で子供を作っておきながら「ものごとはうまい具合にはいかないもの」という。女と契ればふつう子供はできる。
 ②、しかも、子供のできない紫上に向かった「あなたに子供ができないのが残念」   
と言う。紫上が最も劣等感を持っていることに触れたのである。それを面と向かって言われる紫上の屈辱たるやいかばかりのものであろうか。
 ④、生まれた子が女であるのが「面白くない」という。彼は、娘誕生の報に接した時に
 『珍しきさまにてあんなるを思すに、おろかならず』
思ったのではなかったか。彼にとっては珍しいことに「女の子であった」ことが尋常ではない喜びであったといっていたのだ。それは、宿曜の予言(三人の子の内、一人が后になる)にかなうことにもなるのだから。しかも彼は後にこうも言っている。
 『をとこ君ならましかば、かうしも御心かけ給ふまじきを』
 源氏がまず心に思い描いたのは、この娘を入内させようということであったはずだ。にもかかわらず、それを「面白くない」と言う。いくら紫上に対する気兼ねとしても本心に悖(もと)り過ぎる。
 ⑤、そして自分はさして嬉しくもないのだというジェスチャーをみせて、「別に放っておいてもいいのだ」と無責任な強がりを言う。
 ⑥、ところが、その口の裏から「でもな、そう放っておくわけにもいくまいから、ここに迎えてあなたに見せることにするよ」とは呆れた言い草だ。前言をぱっと翻して、今後のための予防線を張る。悪賢いと言えばなんとも悪賢い。
 ⑦、そして、切り札は「お恨みくださるなよ」という言葉だ。自分が重大な過ちを犯していながら、「恨むな」とはよく言えたものである。いよいよ源氏の本性が見えてきた感じである出た。

 これをもう一度整理してみよう。
 1 他人事のように話し始める  2 一般論のような話に移す     3 話題をそらし、責任を転化する
 4 生まれた子供に無関心を装う 5 無責任と責任とをないまぜにする 4 強圧的に出る
 
 源氏の話を聞いていた紫上は、さすがに憤然とする。しかし、彼女が憤然としたのは、源氏が「現地妻」とのあいだに子を作ってしまったことではない。「憎み給ふなよ」という一言に対してである。源氏は日頃から女遊びをしてきた後に、紫上に対して決まったように「すぐあなたは嫉妬するのだから」と言う。それが口癖のようになっているのだが、それは自分の罪を逃れるために相手に先制攻撃をかけてしまえという悪質な方法である。
 紫上は、源氏の女癖の悪さに対してさして恨みは持っていないし嫉妬もしていないように見える。源氏の「心の鬼」がそう言わせているだけなのだ(朝顔とのことでは心底悩まされてはいるが)。一方、紫上にすれば、自分は品性の劣る女のように源氏にとられること、それがたまらないことなのだ。
 もちろん、罪を受けた身としては女などには目もくれず謹慎しているべきであり、また自分に対して常に「あなた以外に愛する者はいない」と熱く誓っているのだ。にもかかわらず、他の女に「心を分けた」ことに対しては、腹の煮えくり返る思いがあっただろうが、それを表面に出すような紫上ではない。

 さて、先に述べたように,源氏がこの告白をするに際しては、日頃の彼の姿がすっかり影をひそめてしまって、論理不鮮明になり、しどろもどろになっているのだが、このことは逆に我々読者になにかほっとしたものを与えてくれる。
 それは、光源氏という人間も、光り輝くばかりの理想的、超人的な人物ではなく、ごく平凡な側面も有しているのだということが分かるからである。また紫上に対して時にこのような「をこ的」な弱さを露呈するのは、とりもなおさず彼が紫上をこよなく愛していることに他ならないことが分かるからである。
 でも、これ以上紫上を悲しませないでほしいものである。


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