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郷愁

江戸の徒歩

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   江戸の徒士侍

 村上元三の作品に『紙降る城』という短編がある。大変愉快な作品である。
 津山藩の奥女中どもは暇に任せて、張り出し窓から、その下を通って登城する武士に向かって紙つぶてを投げ付けては楽しんでいる。武士どもはそれを苦々しく思っているが、なにせ殿の側室まで加わっての狼藉なので手も足も出ない。注意して通るしかない。
 ある時この悪習を知らない一人の若い武士が、江戸表から帰ってきて、登城してくる。ところがこの男、雨あられのごとく降ってくる紙つぶてをヒラリヒラリ…

 ところで、江戸から津山までは、180里余(720kmほど)である。この男、なんとこの距離を10日間で歩いている。帰心矢の如しだったのだ。いくら徒歩が商売の徒士とはいえ、一日70km余のスピ-ドである。これを10日間続けたというのだから、想像を絶するといっていい。
 このスピ-ドは、たとえば、江戸を出発して東海道を西に向かったとすると、一日目の泊まりが小田原ということになるのだ。いかに健脚かが分かる。普通は戸塚あたりが一日目の泊まりの目安だ。
 交通手段のない昔の人が健脚だったことは、想像にかたくないが、ここまでの健脚となると、飛脚なみだと言うしかない。

 江戸・京都間は約500km余。昔は、おおむねこれを14、5日で歩いている。一日平均30km余だ。これとても現代人に真似のできないことだ。一日だけ歩けというのなら、30km、40kmは歩けるかも知れないが、10日間以上歩き続けるとなると自信のある人はいまい。

 ある本によると、大名行列も一日40kmのスビ-ドで進んだというからこれも驚きだ。「下に!下に!」などとのんびり行列を進めていたのかと思いきや、数十名から数百名の集団が、矢のように進んでいったといってもいいくらいのスピ-ドで参勤交代をしたということである。
 実はこれ、ゆっくり進んでいると旅費がかかってたまらないというのが理由だというから、おかしいし哀れである。京都まで往復すると、ごく普通の旅で一人約2両程度かかる。100名の行列で往復したとすると、200両になる。今の金額にすれば、2、000万円程度だ。これではやりきれないので、「下に!下に!」でなく、「急げ!急げ!」と触れ回っていたわけだ。

 以前、テレビで江戸時代の人の歩き方は、右手と右足を同時に前に出す歩き方だったと言っていたのを覚えている。その時には、「いくらなんでもそんな歩き方はあるまい」と思ったのだが、あの信じられないスピ-ドと持続力で歩いていたことを考えあわせると、今とはまったく違った歩き方でもしなければ、とても不可能なことだ。 
 江戸人の、哀しくも可笑しな旅の逸話である。


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