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源氏物語

源氏物語たより280

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   豹変した藤壺宮  源氏物語たより280

 六条御息所の娘は、斎宮として七年間、伊勢神宮に奉仕していたが、朱雀帝の譲位により京に戻ってきた。十四歳の時に斎宮として伊勢下向の式に姿を見せた彼女の美しさに、朱雀帝は目を見張った。斎宮としてしまったことを、さぞ惜しみつつ伊勢に送ったことであろう。まるで漢の元帝によって、匈奴の王に嫁せられた王昭君の故事さながらである。
 そして、二十一歳の時に、前斎宮はさらに磨きのかかった美しい姿を朱雀院の前に現わした。院は、彼女を自分の元に入れることを切に望むようになる。

 ところが、朱雀院には予想もしなかった邪魔が入る。それは光源氏である。源氏は、前斎宮を冷泉帝に入内させようと考えていたのである。ただ源氏としては朱雀院の意向が分かっている以上、独断で事を推し進めるわけにはいかない。そこで味方につけたのが藤壺(入道)宮であった。彼は入道宮にこう説得する。
 「私は、かつて六条御息所とは浮名を流す仲でありましたが、彼女に悲しい思いを抱かせたまま死なせてしまいました。できることなら御息所があの世で安穏でいられるよう取り計らいたいものと思っております。ついては彼女の娘(前斎宮)を冷泉帝に入内させることこそ最善の措置と思うのですが、あなた様のご判断をお伺いしたいものです」
 冷泉帝はこの時十一歳。前斎宮は二十一歳であるから、本来無理な結婚である。それが分かっていてのいわばゴリ押しである。須磨への退去の屈辱が源氏の心の中にどす黒く疼いていたその報復に違いない。
源氏は、さらにこんな屁理屈を言って入道宮を説得する。
 「帝はまだ幼いので、少しでもものの分別のつく女性をお傍に侍らせることがいいのではないでしょうか」

 この源氏の意見を聞いた入道宮は、
 「それはいい考えである」
と賛同する。しかも彼女も信じられない論理を展開するのだ。
 「朱雀院が、前斎宮を自分の元に入れたいとお考えになっているようなので、それを取り上げてしまうというのは、確かに畏れ多くお気の毒な気はするが、院は今はそんな色事に心を懸ける立場ではあるまい。もっぱら仏道勤行に専念していられるはずだ。こちらの考えを申しあげても別に深くも考え(恨み)はしまい」
 実に割り切った判断である。そしてこうも言う。
 『かの遺言をかこちて、知らず顔にまいらせたてまつり給へかし』
 「かの遺言」とは、六条御息所が源氏に残した遺言のことである。「その遺言にことよせて、知らんぷりをして前斎宮を冷泉帝のところに参らせてしまえばいい」と言うのだ。なんという人を食った言葉であることか。昔日の藤壺宮を思えば信じがたい言葉である。まさに「豹変」である。
 しかも、入道宮の言葉には、明らかなごまかしがあるのだ。「かの遺言にかこちて」と言うのであるが、六条御息所は、前斎宮を帝に入内させるなどということは、源氏に一切遺言していない。源氏には
 「自分亡き後は、娘の世話をよろしくお願いしたい」
と依頼しただけである。ただ源氏が後見するにあたっては、彼が好色であることを心配して、「娘に絶対手を付けない」ことを条件にしただけである。それ以上のものでもそれ以下のものでもない。入道宮はここで完全に詭弁を弄したのだ。
 源氏は、入道宮の心強い言葉に早速ことを運ぶことにした。

 かつて源氏との秘め事におろおろと恐れおののいていた藤壺宮は一体どこに行ってしまったのだろうか。また彼女はどうしてこれほどまでに自信に満ちたふてぶてしいほどの言動が取れるようになったのだろうか。
 
 最大の理由は、帝の母としての圧倒的な力と自信であろう。皇太后の立場は時に帝以上の権威を持つ。
 思い出すのは、藤原道長の妹であり一条天皇の母である詮子のことである。道長と彼の甥・藤原伊周の権力争いに際して、詮子は、一条天皇の閨にまで入り込み「次の内覧は道長に」と談じ込み、それを実現させた。「内覧」とは、摂政関白に準じる職である。一条天皇の本心は、愛する中宮・定子の関係から、定子の兄であれる伊周を内覧にと思っていたのだが、詮子の一言でひっくり返ってしまった。
 この詮子こそ、日本の歴史上初めて女として「院号」を賜った「東三条院・詮子」である。(ちなみに二人目の女院が上東門院・彰子)
 藤壺入道宮は、今は押しも押されもしない皇太后である。「朱雀院」なにするものぞの気概である。

 二つ目の理由は、出家の身であるということだ。日々の仏道修行が彼女を一回りも二回りも大きな人物にしていたということである。少々のことには動じない図太さを身に付けていたのである。

 三つ目の理由は、かつての右大臣は今は亡くなって右大臣家の勢威は霧消してしまったことである。あの剛毅な弘徽殿女御(大后)も今はなきに等しい。しかも朱雀院の弱気はあまねく知られるところである。何を言おうが相手ではない。

 そして最後が、源氏との秘め事が完全に闇の中になってしまったということである。今さら二人の不義密通が世の出ることはない。またたとえそれが漏れたとしてもすぐもみ消すことができる。なにしろ彼女は皇太后であり、彼女の後ろ盾である源氏は、内大臣という最高の実力者である。内大臣・源氏にもの申せる人物などだれ一人いないのである。入道宮は、誰はばかることなく源氏とことを謀ることができる。今の彼女に不安の要素は何一つない。

 それにしても、これほどまでに大きく変わってしまった藤壺入道宮に、かつての魅力を求めることはできない。源氏は、藤壺宮を気品に満ち典雅で優しく、何一つ欠点のない理想の女性として、限りない思慕を抱いてきた。源氏が身を焦がし、宮を思っては涙に暮れぬ日とてなかった。その宮の面影は今は微塵もない。彼女はすっかり女偉丈夫に生まれ変わってしまった。二人の恋のドラマは幕を閉じたのだ。
 「あはれ」の思いと、一抹の寂しさを禁じることはできない。


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