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郷愁

百人一首の思い出

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   百人一首の思い出

 百人一首は、子供時代の懐かしい思い出の一つである。
 私の子供のころは、近所の仲間がいつも集まっては遊び回っていて、誰一人勉強などしているものはいなかった。そして、正月の遊びといえば、百人一首であった。
 隣近所三、四軒の家を子供たちがつながって回り歩いて百人一首をする。それぞれの家では、子供たちが回って来るのを待っている。どの家も百人一首の読み手はおおむね父親の役に決まっていた。
 さて、いよいよ百人一首の始まりである。全員で丸くなって取りっこをしたり、二つの組に分かれて取り合ったりする。
 子供たちにはそれぞれお得意の札がある。いわゆる“おはこ”だ。ただ、“おはこ”になる歌はだいたい決まっていて、いつも何人かの子供が競合してしまって、“おはこ”を激しく取り合う。なかでも
 『天津風雲の通い路ふきとじよ乙女の姿……』
 『村雨の露もまだ……霧たちのぼる秋の夕暮れ』
などだ。これらの札の時は大騒ぎで、「俺の勝ちだ!」とか「いやだれの手の方が早かった!」とかと大騒動で、時には泣きだすものもいる。
 だから、百人一首はみな競争で覚えたものだ。
 私の隣のおじさんが面白い人で、子供たちの人気だった。どの札がどの子の得意札だと知っているからわざとじらしたりする。それに、最後の十枚ほどになると“お手つき”といって、間違って取ると自分の取り札を一枚場に出さなければならない。そこでおじさんはでたらめの歌(空札)を読んだりしてみんなを笑わせたり、じらしたりする。おじさんの得意な空札読みはこれだ。
 『百敷の古けて破けてケツが出て今朝の寒さにチンコふるえる』
おじさんのいつもの手だと分かっているのに、みんな決まって大笑いだ。多分その読み方や表情がおかしかったのだろう。
 さて、一段落すると、おばさんが台所からミカンやお菓子を運んできてくれる。なにしろ戦後の食べ物のない時代のことだ。これが子供たちにとっては、百人一首以上に楽しみであった。
 そうやってまた、次の家を荒らしに行く。
 今、百人一首をやる家庭はすっかりなくなってしまった。子供たちが寄り集まって、“木登り”をしたり“駆逐水雷”をしたり“8の字”をしたりする姿もとんと見なくなった。まして、子供たちが隣近所を巡り歩くなどという風景はまず見られない。子供たちの世界が忙しくなってしまったのだろう、地域のあり様がすっかり変わってしまった。



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