源氏物語

源氏物語たより 13

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  恐ろしや六条御息所  源氏物語たより13

 もう四十年も前のことである。鎌倉の鎌倉宮で、薪能を見たことがある。演目は『野宮』。もちろん源氏物語から材を得た世阿弥の能である。当時は源氏物語に関する知識などまったくなかったし、興味も持っていなかった。たまたま見に行ったら、薪能の演目が『野宮』だったということで、シテやワキがどういう人物なのか、『野宮』がどういう内容の能であるのかも知らなかった。


 それに、この能そのものも、動きが極端に少なく、変化に乏しいもので,シテは、舞台中央にじっと立ちつくしているだけで、ほとんど身動きもしない。正直なところ決して面白いものではない。

 にもかかわらず、舞台から目が離せなくなってしまったのだ。演者からほとばしり出る磁気のようなものが、強烈に私を引き付け、舞台にくぎ付けにさせてしまった。満員の観客もそうだったようで、寂として声なしの状態だった記憶がある。
 今になって、あれはいったいなんだったのだろうかと思う。能役者の技量が相当のものだったことは確かである。
 先日、神田の古本祭りに行った。歩道に並べられた本の中に、謡の本が積まれていたので、ぱらぱらと見ていたら『野宮』があった。四十年前のことをふと思い出し、また、今夢中で源氏物語を読んでいるということもあって、何かの参考になるかもしれないと、買い求めた。
 『野宮』は、源氏物話に登場する例の六条御息所(以下御息所)の話であった。
 御息所の娘が、斎宮に卜定された。そのためには、一年間、嵯峨野の野宮で精進潔斎の生活をしなければならない。御息所も娘に付いて伊勢に下向することになった。そのため彼女も野宮に一年間こもる。ここに光源氏が訪ねていくという『賢木』の巻のクライマックスの場面がこの能の舞台になっている。
 能『野宮』は、ワキがこう語って始まる。

 『これは、諸国一見の僧にて候。われこの程は都に候いて、洛陽の名所旧跡残りなく一見仕り候。また秋も末になり候えば、嵯峨野の方ゆかしく候間、立ち越え一見せばやと思い候』
 やがて前シテ(里女)が忽然と登場し、ここは長月(九月)七日に源氏が御息所を尋ねてきたところである、と紹介する。そして「われは御息所の化身なり」と名乗り、わが身を弔いたまえと僧に頼みつつ、“黒木”の柱の陰に立ち隠れて失せていく。
 そして、今度は本物の御息所が現れる。彼女は、賀茂の祭りの車争いのことなどの回想を縷々述べ、自らの『妄執を晴らし給えや』と僧に頼み、やがて火宅の門(欲望や煩悩の熾烈なこの世)から出でていく。

 2、000字にも満たない短い脚本であるが、それを1時間ほどかけて演じたであろうか。それに地謡も多く、自ずから変化に乏しい内容になる。それでもあれほど観客の心を引き付けた。能役者の技量たるや並大抵なものではなかたのだろうが、同時に、源氏物語そのものの持つ力もあずかっているのかもしれない。

 六条御息所は、桐壺帝の時代の東宮(帝の弟か)の妻で、将来は后という貴いお方であった。ところが、東宮が早世してしまったので、長らくひとり身でいたが、この女性に源氏が強引にアタックをし、ついに愛人にしてしまう。しかしその関係はまことにうだうだとしたもので、爽やかな愛とはならなかった。関係を結んだあとは、源氏の御息所への愛は以前ほどではなく、次第に腐れ縁の状態になっていく。御息所は終始これに苦悩し続ける。
 賀茂の祭りの日(御禊の日)、源氏は供奉として華々しくご出馬になるということで、一条通は大賑わい。御息所も身をやつして祭り見物に出かけたが、盛大に装った源氏の正妻・葵の上の行列に、先に場を占めていたにもかかわらず、その席を奪われてしまう。そればかりか、牛車の一部を壊されるという狼藉まで働かれる。
 いたく自尊心を傷つけられた御息所は、生霊となって葵上にとりつき、ついに取り殺してしまう。のみならず、ずっと後年、今度は死霊となって源氏の妻・紫の上にも取りつくというすさまじい執念を見せる。
 御息所見という女性は
 『いとものをあまりなるまで 思ししめたる御心ざま』
 (極端なまでに物ごとを思いつめになるご気性)
である。身分はたぐいないほど高く、教養といい趣味・センスといい、風雅を解する点では並ぶもののないほどの人柄なのだが、いかんせん この“思いつめ”のご気性は抑えようもない。
 実は葵上を取り殺す前にも、もう一人の女性も物怪になって、取り殺している。夕顔である。しかし、この場合は、源氏がいけない。御息所は六条に住んでいる。にもかかわらず、その隣の五条のあやしげな下の下の身分の女と、夜ごと源氏は契っていたのである。いくら忍びながらの逢瀬とはいえ、自分の隣で、愛人(源氏)が、得体も知れない女としっぽりと睦びあっていたのではたまらない。物怪になって出て行きたくなるのもやむを得ない心理である。もう少し遠くの二条あたりにすれば、さすがの御息所も出てはこなかったかもしれない。

 御息所が、娘の斎宮に付き添い伊勢まで下るという前例にもない行動に出たのも、源氏のつれなさから逃れようとの一心からである。源氏との縁をきっぱりと切ろうという決意を、伊勢下向という行動で固めたのだ。しかし、その野宮に源氏が訪ねてきた。さすがの御息所の決心もゆるむ。ここに至るまでも、源氏との縁を切るべきか否か、何度も何度も悩み続けてきて、ようやくその決心は変わることはあるまいと思われたのに、またまたの心の揺れである。彼女の人生は『うじうじ人生』であったと言ってもいい。

 能『野宮』には、そんな御息所のご気性が多分に反映されていたものと思う。そのうじうじとした妄執と深く思いつめる執着が、観客の心にジワリと迫ってきて、目を離せなくさせてしまったのだ。観衆は御息所の死霊に取りつかれていたといってもいい。
 世阿弥は、源氏物語から材を得た能を多く作っている。
 『葵上』『夕顔』『浮舟』『住吉詣』『源氏供養』・・・
 いずれの能も、私は見たことはないのだが、おそらくみな観客の心を深くとらえて魅了するものばかりなのであろう。世阿弥の脚本力と源氏物語そのもののもつ威力が、能の中でも屈指の名作という『野宮』を生んだのだろう。

 『光源氏 このところに詣で給いしは、長月七日の日、今日に当たれり。その時いささか持ち給いし榊の枝を斎垣の内に挿しおき給えば、御息所とりあえず。神垣はしるしの杉もなきものを、いかにまがえておれる榊ぞ』
 (榊の枝を折って、御息所を尋ねてきた源氏に対して、奈良の三輪神社には有名な杉の木があって、もし訪ねて来られるのなら、その杉の木を目当てに来て下さいという古歌がある。ところがその杉の木も野宮にはないのに、どう間違ってあなた(源氏)は訪ねてきてしまったのですか・・と御息所は源氏の行動をなじる。)
 物語では、二人は明け行くまで語り合い、歌を詠いあって、
 『悔しきこと多かれど、かひなければ、明け行く空もはしたなうて』
源氏は帰っていく。能は
 『伊勢の内外の鳥居に出で入る姿は生死の道を神は受けずや思ふらんと、また車にうち乗りて、火宅の門を出でぬらん。火宅の門』
で終わっていく。「神は受けずや」とは、「生死の道に迷う姿を、伊勢の神は受け入れられぬと思われるだろう」ということ。「火宅」とは、煩悩が盛んで不安な現世、娑婆のこと。
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