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郷愁

印象はそしてルノワール

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  印象派そしてルノワ-ル

 いまだにピカソについては理解できないでいるが、最近、ある美術解説書を読んでいたらこんな文章に出くわした。
 「ピカソの絵で、鼻などがどうしてあっち向いたり、こっち向いたりしているかというと、今までは二次元の平面に立体感を出すために、遠近法や濃淡で表現していたのだが、いずれにしてもそれは見せかけの立体にしかすぎない。そこで、彼は、ものを四方八方から見て、それを同じ平面に描くといった離れ業をやった。こうすると正面からでは分からない鼻の高さが分かる。裸婦だって、正面から描けば尻の美しさは表現できないが…。」
 この文章を読み、「なるほど、納得…。」と、いとも簡単にピカソのなんたるかを理解してしまった。それでも、ピカソの絵の前でいつまでも見ていたいとか、何度も見たいという気持ちは起きない。まだ、ピカソについての理解は不十分だということであろう。

 やはり何度も何度も繰り返し見てみたいのは、ルノワ-ルを中心とした印象派の絵だ。最近はとみに人物が好きになった。しかも、女性をモデルにした作品がいい。
 日本人は印象派が好きだという。確かに『〇〇印象派展』と銘打った美術展はどこも満員だ。これからすると私も典型的な日本人なのかもしれない。
 印象派の作品は見る者の心を癒してくれる。古典派やロマン派も、最近、私の好きなジャンルに入ってきたが、やはり宗教や伝説や歴史という背景があるので、重い感じは免れない。それに比べて、印象派はなんのこだわりも雑念も持たず、作品そのものを素直に観賞すればいい。ピサロやシスレ-の風景画はありのままの風景であって、それ以外のなにものでもない。だから、美しい風景をそのまま美しいと感じて素直に見られるのだ。

 ただ、一概に印象派といってもいろいろだ。印象派の代表といえるモネの作品ももちろん好きではあるが、彼の場合は“ひかり”を追求し過ぎて形を失ってしまった。「光の明滅の中に形が溶解してしまった」と表現すればいいのかも知れない。
 『ル-アンの大聖堂』も『ロンドンの橋』もあの有名な一連の『蓮』もみなそうだ。
 いずれの絵も光の中にゆらゆら揺れていて、形が定かではない。彼の後半生の作品には人物がない。それもそのはずで、光の中に形を明滅させるあの手法で描けば、人間の形は失われてしまうからだ。
 ルノワ-ルが、印象派の理論をモネほど追求しなかったことは、誠に僥倖であったと思う。そもそもルノワ-ルを印象派に入れること自体に無理があるのかも知れない。印象派の理論からすれば彼の作品は異端であると言っていい。
 彼は、8回にわたる印象派展にたったの4度しか出品していない。しかも、4度目の第7回展では、不承不承の出品であった。彼も1874年の第一回印象派展が催されたころは、確かに仲間とともに“ひかり”を追求した。『ぶらんこ』や『陽のあたる裸婦』がそれである。光の効果を最大限に生かそうとした作品だ。ただ、後者の作品“陽のあたる裸婦”などは当時の人々にはまったく理解されず、すさまじい非難を浴びた作品として有名である。

 ところで、彼が出展を渋ったのは、印象派展が不人気だったこともあろうが、“かたち”にこだわる彼は“ひかり”を徹底して追求する印象派とは決別せざるを得なかったのだ。若い時に彼は絵付け職人であったが、絵付け職人としての熟練と才能が、“かたち”を大事にするという原点に彼を引き戻した。ルノワ-ルがもしモネと同じ道を歩んでいたとしたら、つまり、形を捨てて光にこだわったとしたら、日本の印象派愛好者は極めて少ないものになっていたかも知れない。というのは、ルノワ-ルを除いた印象派の作家にはピサロやシスレ-やモリゾなどがいるが、一つ印象派としての印象が薄い。するとモネ以外はいなくなる。モネ一人で印象派を背負うことには無理があるだろう。
 モネの作品は、晩年になればなるほど抽象化し、抽象画と紙一重になっているが、私は、やはり形のしっかりした作品が好きで、歳とともにこの傾向は強くなった。
 だから、古典派やロマン派、あるいは、ラファエロなどに興味が広がってきているのだと思う。

 アンヌディステルという人の『ルノワ-ル~生命の賛歌~』と言う本の中に、ゴ-ギャンがルノワ-ルの作品について語っている一節がある。
 「さくらんぼのような口元、そして完璧な微笑みの奥の白く尖った乳歯には思わずむしゃぶりつきたくなる」
 そして、ルノワ-ル自身も、
 「見る者が思わず触れてみたくなるような肌を描きたい」
と語っている。
 そうなのだ。彼の作品には、人を引き込まずにはおかない甘い魅力が横溢している。『眠る裸女』『イレ-ヌ・カ-ン・ダンベ-ル嬢』『シャルバンティエ婦人と子供たち』『三つのダンス』『ム-ラン・ド・ラ・ギャレット』『舟遊びする人々』…どれもこれもゴキャンのつぶやきやルノワ-ルの思いが伝わる作品ばかりだ。
 私は、これらの作品の特別展があった時は、何度となくその前にたたずみ、浮世を忘れる。ただ、残念なことには、これらの作品は日本にはない。だから、特別展が巡ってくるのを待つしかない。あるいは、フランスに行くしかい。


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