源氏物語

源氏物語たより287

 ←源氏物語たより285 →よくぞご無事で
   女三宮降嫁に対する光源氏の本音 「若菜」④ 源氏物語たより287

 女三宮の乳母やその兄の左中弁の光源氏推戴もあって、朱雀院の意向はゆるぎないものになった。女三宮の降嫁先は源氏を置いてない。問題はそれを源氏にどう伝え、承諾してもらうかということである。
 まず左中弁(正五位上)が、院の内意を源氏に伝えた。これを聞いた源氏は
 「私とて院と歳はあまり変わらないのだし、宮を後見したとしても幾ばく長く生きられるというのものではない。夫婦になって、万一のことでもあれば、宮を残していくことで、かえってそれがあの世への“ほだし”になってしまうではないか」
と言う。
 『自らは思し離れたるさま』
なのである。女三宮にはとんと関心がないということである。それでも弁は、院の固い決意を強調して源氏に申し述べる。すると、源氏は、「いっそのこと帝(冷泉)に奉ったらどうか」と、矛先をかわしてしまう。女三宮を後見しようなどと言う意向は毛頭ないように見える。

 しかし、これが源氏の本音であろうか、疑わしい。実は左中弁が、以前「源氏さまは、ないないの冗談ごととして、常々我々にこんなことをおっしゃっていられる」と、乳母に話をしている内容が気になるのだ。それは
 『この世の栄え、末の世に過ぎて、身に心もとなきことはなきを、女の筋にてなむ、人のもどきをも負ひ、我が心にも飽かぬこともある』
という源氏の言葉である。意味は、「私のこの世の栄華は、末世には過分すぎるほどのもので、今では自分の身に何一つとして気がかりなことはない。ただ、女のことだけは、人の非難を受けけたこともあるし、どうもその点だけが満足できないことなのだ」ということである。
 この源氏の言葉の、前半部分は確かにおっしゃるとおりである。臣下の身にもかかわらず准太上天皇という位を極め、六条院という壮大な邸を構え、そこにあまたの女性たちを侍らせているのだから、まさに藤原道長の「欠けたることのなし」の状態である。そして、「女の筋にて・・」も源氏の言うとおりである。彼の頭の中には、苦い思いをしたことのある朧月夜や六条御息所の面影がよぎっていたことであろう。
 問題なのは最後の「我が心にも飽かぬこともあるかな」と言う部分である。善意に取れば「今まで女のことでは失敗したが、その点だけが私の気がかりな点であるだけで、他には別に・・」ということになろう。が、あくなき婀娜(あだ)心を持つ源氏のことである、別の意味も含まれている気がしてならない。それは、「今後は失敗のないように、それなりの女とうまくやっていきたいものだ」と意味である。つまり、彼は、新たなるより以上の女とのかかわりを念頭に置いているのではないかということである。
 と言うのは、これに引き続く左中弁の言葉が極めて暗示的であるからである。
 「源氏さまには、多くの妻妾がいられ、それなりの身分の人ばかりではあるのだが、いずれの方も素性は“ただ人”で、源氏さまの現在の身分に匹敵するようなお方はいられない。であるから内親王の女三宮さまが降嫁されたら、どれほど相応しい御夫婦関係になられることか」
 そして、左中弁はさらにこう付け加える。
 「院が本気で宮様を源氏さまにと言うお考えでしたら、私めが必ず承諾させてみましょう。なぜならそれこそ源氏さまの“日頃の本意”が叶うことなのですから」
 言い換えるならば、先の「我が心にも飽かぬこともある」というのは、「これからはさらに優れた素性の方を得て、今までのような失敗のない女性関係を構築していきたいものだ」という意味になるということである。

 この後、源氏が朱雀院を見舞うと、院は、直接源氏に女三宮の世話を依頼する。この時のやり取りが実に不思議で、私にはどうも釈然としないものがあるのだが、とにかく院の言葉は次の通りである。
 『かたはらいたき譲りなれど、このいはけなき内親王一人、とりわきて育み思して、さるべきよすがをも御心に思し定めて、あづけ給へ』
 (そなたにとっては大変迷惑なことかもしれないが、この内親王一人を特別に御養育いただき、しかるべき時に相応しい縁(婿)があれば、あなたにお決めていただきたい)
 ここで注意したいのは、院は決して源氏に「婿になってくれ」とは言っていないということである。あくまでも「親代わりの世話を」とたのんでいるのだ。にもかかわらず、源氏は即座に
 『かたじけなくとも、深き心にて後見聞こえさせ侍らん』
と快諾してしまった。待ってましたというばかりの早業である。「後見」は必ずしも「婿になる」ということではないだろうが、結局は、この一言で源氏への女三宮降嫁が本決まりになったのである。

 左中弁に対してはまるで関心がないようにとぼけていたのだが、本音はまるで反対であった。源氏は、本心女三宮は欲しくてならなかったのだ。ただ、世の聞こえを気にして、無欲を装い、院直々のお声がかりを待っていたのだ。
なにしろ女三宮は「藤壺宮の姪」なのである。それに容貌も美しいという聞こえがある。源氏の心を魅かないはずがないではないか。
 それに、一番大事なことは、左中弁がくしくも言っていたように、このことによって、准太上天皇に相応しい「后」ができるのだ。まさに「画竜点睛」である。いくら愛してやまないといっても紫上は宮様の子でしかないし、明石君は受領の娘に過ぎない。花散里も末摘花も遠く及ばない。「我が心にも飽かぬこともある」とはこのことだったのだ。
 女三宮の降嫁をもって、まさに「末の世にも過ぎたる」源氏王国が現出したのである。
 でも、栄えれば滅びあるのが世の常であるし、絶頂に昇れば、後は下りがあるばかりなのだが。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより285】へ
  • 【よくぞご無事で】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより285】へ
  • 【よくぞご無事で】へ