郷愁

ゆかしき町 八日市市

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   ゆかしき町・八日市市

 滋賀県に“八日市市(今は東近江市)”という市がある。あまりなじみのない市であるが、この市に隣接して近江八幡や五箇荘町、愛東町、永源寺町などがある。近江八幡については説明の必要がないだろう。五箇荘町は、近江八幡と同じく近江商人発祥の地であり、今も昔のままの町のたたずまいを残し観光地となっている。愛東町は、金剛輪寺などで知られる湖東三山の一つ・百済寺のある町だ。また、永源寺は、古刹永源寺をそのまま町名にした町である。
 今回取り上げる八日市市にはそれほど有名な史跡はないようであるが、それでも五智町や野村地区には昔ながらの民家がまだまだたくさん残っていて、ちょっと散歩したりするのには手ごろな町だ。それに三方を山に囲まれているので、なにかゆかしい香りがする。

 この市に娘夫婦が住んでいたことがある。三度目ほど行ったことがあるが、その都度、そこに住む人々の柔らかな温かい人間性が心に沁みた。京言葉と言っていいのだろうか、話し言葉のム-ドがたまらなくいい。あの頃四歳だった孫も半年もたたないうちに、あちらの言葉を使って喜んでいた。「なにしてんねん。」「いいやろ。」……
 その孫を連れて散歩していると、誰もだれもがこちらに声をかけてきてくれた。孫を知っている人は勿論であるが、そうでない人まで声をかけてくれるのだ。

 孫の幼稚園の名がふるっていた。『の幼稚園』という。“の”とはなにかと理解できないでいたが、孫を自転車に乗せて、その幼稚園に見学に行った時にその意味が分かった。まさに“の”幼稚園であった。
 一面のたんぼの中にその幼稚園はぽつんとあった。『八日市市立野幼稚園』と門標にかかれていた。八日市市の教育委員会もなかなかしゃれていると思った。孫の名前を拓海というが、よくこの孫をからかって「拓海君の行っている幼稚園、なんていうんだっけ?」「の幼稚園だよ。」「え?なん“の”幼稚園?」
 その時、田んぼの一本道を自転車で来ると、農家の方が枯草を焼いていた。「わ!けむい。」と孫が言った言葉が聞こえてしまったらしく、田の畦で仕事をしていた夫婦が、慌てて道路に飛び出してきて大きな声で、「ご免なさいね。大丈夫!」と謝ってくれた。それほど煙くもなかったのだが。
  この地区の自治会の在り方も独特であった。たまたま、地域の自治会の運動会が御園小学校というところで行われていた。17自治会による対抗戦で、運動場は満員であった。ここでビックリしたのは、小学生から高校生までみんな参加していることであった。一般には中学生や高校生は地域の行事にはあまり参加しなくなるものだ。それなのに小学生は昼休みの時間に、自治会ごとに応援団を組織して応援合戦に花を咲かせている。これも地区対抗の得点になるらしい。高校生はと言えば、裏方の仕事をしたり、ジュ-ス売場の店員をしたりしている。ちなみに、これだけの大運動会にもかかわらず、屋台はない。

 その前日、もうひとつビックリしたことがある。孫二人を連れて散歩に行った時のことだ。子供の遊ぶ公園がなかなか見つからないので、立ち寄った店の人に聞いたところ、「その信号を左に曲がってしばらく行くと左側にあります」と丁寧に教えてくれた。ところが、教えられた通りに行ったのに、公園らしきものはない。左側はとにかく新幹線の高い架橋が続いているだけだ。
 「おかしいね、ないね。」
などと言っていると、新幹線の架橋の所に自動車が一台やっと通れるほどのガ-ドがあった。
「変だね、ここしか左に曲がるところはないよ。とにかくここを行ってみようか」
とそのガ-ドをくぐると、なんと自然に小学校の中に入っていってしまった。
 なるほど確かにそこに公園はあった。しかしどう見ても学校の校庭である。学校の子供たちの遊具が即地域の子供たちの遊具になっているというわけだ。そこには、門扉はもちろん柵もロ-プもない。まさに出入り自由である。
 “野幼稚園”で八日市市の教育委員会のセンスに感動したものだが、ここでも再び教育委員会のしゃれた措置に感動させられた。学校は地域のものなのだ。いつでもだれでも利用したい人は遠慮なくお使いくださいというわけである。京言葉を使い、由緒ある史跡や自然に囲まれている地区の大らかさを感じた。
 翌日の、自治会運動会を見て、「ああ、この御園地区の人々は学校と共にあるのだな。だからあんなに小・中・高校生が運動会に参加するのだな」と納得できた。

 その2年後、娘夫婦は、会社の都合で名古屋に転居した。そのことを娘は悲しんでいた。私も娘の気持ちがよく理解できた。名古屋が悪いというのではない。何となくユ-モラスなそして心優しい人々に囲まれ地域が一体になっている八日市市のようにほのぼのとのどかなところで、孫たちが育つとすれば、これに勝る教育環境はないと思ったからである。 この二人の孫も、もう高校生。いずれも自慢できる孫に育っている。



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