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源氏物語

源氏物語たより290

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   身勝手な光源氏の論理 『若菜』⑥ 源氏物語たより290

 光源氏は、朱雀院の申し出を承諾したものの、まず心に懸るのは、紫上のことであった。このことを知ったら紫上はどの思うだろうか、また、どう切り出したらいいだろうかと彼は千々に心乱れる。
 紫上は紫上で、女三宮が源氏に降嫁するという話は、ほの聞いてはいたものの、「まさかそんなことはあるまい。朝顔の時もそんな話はあったけれど、こと絶えてしまったではないか・・」と、あえて源氏にことの真相を聞こうともせず、平静を装っていた。
 しかし、源氏にすれば、かえってそういう紫上が不憫に思われ、いたたまれなくなる。彼は内心こう思う。
 『我が心は露も変はるまじく、さることあらんにつけては、なかなかいとど深さこそまさらめ』
 なんという身勝手な考え方であろうか。「たとえ女三宮と結婚したとしても、紫上に対する私の気持ちはいささかも変わることはないのだ、むしろそのことを契機として、彼女への愛情は一層深まっていくことだろう」というのだから、呆れるしかない。
 一般常識からしても、そんなことはありえない。新しい妻を迎えても古い妻への愛情が変わらぬはずはないのだ。しかも、女三宮は、御歳十四歳である。当時の女性とすればまさに結婚適齢期。一方、源氏は四十歳とはいえ、「人の親とも見えないほど」に若いのだ。性欲だって横溢しているはずだ。

 忘れてならないのは、この段階では、源氏は「女三宮に会ってはいない」ということである。だから、彼女が
 『御衣がちにて、きびは』
であることなど全く知らない。「御衣がち」とは、着物に隠れてしまうほど小柄であるということで、その上彼女は「幼くか弱い」というのだ。そんなことは源氏は一切知らない。源氏が認識しているのは、彼女が藤壺宮の姪であるということ、そして美貌であるらしいということくらいである。かつてあれほど恋い焦がれた藤壺宮の姪であるならば、恐らく世に優れた女性であろう、と彼の食指が動くのだ。
 その上美貌とくれば、彼の官能が疼かないはずはない。たとえ十四歳でも朧月夜のように豊満な女性である可能性はなしとしない(私は、朧月夜は官能的な女性であったと信じている)。現在でも十四歳で、出来上がった肢体の少女は多い。
 藤壺宮のように思慮深く理想的な女性で、しかも豊満な肢体の持ち主だったら、いくら紫上が最愛の女性であるとはいっても、源氏がその虜にならないはずはないのだ。
 紫上は、この時三十一歳。疾うに女の峠は過ぎている。その歳の差はなんと十七歳である。紫上は「負けた!」と思わずにはいられなかったろう。
 さらに紫上にとって不利なことがある。相手はれっきとした「内親王」であるということだ。しかも朱雀院がこの上なくいつくしみ育ててきた皇女である。一方、紫上は、宮様の娘にはちがいないが、その父に捨てられ、源氏に拉致同然に二条院に連れて来られた、いわば孤児の身である。その後、まともな結婚も経ないで、なし崩しに源氏の妻となった。とにかく彼女の頼りは源氏だけなのである。今度の相手は、彼女の格段も上に位置する女性で、紫上が相手になれるはずはない。
 にもかかわらず、「私の紫上に対する情愛はいささかも減じることがないばかりか、女三宮との結婚を契機にますます深まる」と言うのだから、「どこからとうでたまえる」考え方なのであろうか、首を傾げざるを得ない。

 さすがにその夜は、ことの真相を紫上に伝えることができずに、寝てしまう。
 翌日は『雪うち降り、空の景色もものあはれ』なる日であった。源氏は、紫上にこう伝える。
 「朱雀院が、女三宮をほうらかしたまま出家していくのに耐えられず、“私に貢献を”とおっしゃったのがお気の毒で、とてもご辞退申し上げることもできずに承諾してしまった。今さら結婚などということは気恥ずかしいことだし、興味もないので、人づてにこの話を聞いた時は断っていたのだが、直接院に言葉を掛けられると、どうにも断れなかったのだよ」
 この源氏の言葉にはそれほどの誇張も嘘もない。おおむね正しいと言っていいだろう。しかし、次の言葉に、彼の身勝手が鮮やかに出てしまう。
 「確かに面白くないと思うこともあるだろう。でも、どんなに心外なことが起こったとしても、あなたへの情愛は変わらないのだから、心隔てなどするのではないぞ。
 朱雀院に申し訳がたたないから、女三宮もそれなりに扱って(愛して)いくようになるけれども、どちらも互いに仲良く、心のどかに過ごしてくれれば、有難い」
 紫上の心情などまったく無視した源氏の一方的な押し付け論理だ。新たに若い女を迎える夫に「心隔てしない」妻があろうか。また、紫上の心情よりも、朱雀院への配慮が優先するのだから、聞いている紫上にすれば耐えられない。そして、極めつけに
 『誰も誰も、のどかに過ぐし給はば』
と言うのだ。正妻格で二十余年にわたって、二条院、六条院の女主として君臨していた紫上のところに、天から降って湧いたように高貴な女性が舞い降りてくる。それは、彼女の座が奪われるということだ。平静でいられるはずはない。その紫上に向かって「仲良くのどかに過ごせ」とは・・。

 ただ、ここで源氏の立場に立ってみると、それではどう紫上に釈明すればよかったのかというと、なかなか難しい問題である。父親(院)が、鍾愛の娘を「ほうらかして」出家してしまう事実を知ったら、情に厚い源氏のことである、後見を承諾せざるを得なくなるだろう。
 だから、「あなたへの情愛は変わらない」というような不定なことや「互いに仲良く」などというおためごかしのことは言わずに、ただ「ひたすら忍んでほしい」とだけ言っておけば、彼の身勝手さは随分隠しおおせることができたのだ。

 この後も、源氏の身勝手さ、奔放さ、自己本位は続く。朧月夜と焼け棒杭に火がついたり、『かたじけなくとも、深き心にて後ろみ聞こえさせ侍らん』と院に誓ったにもかかわらず、女三宮に対しても、幼いという理由がゆえに、粗略な扱いに終始したりするようになるのだ。
 
 そしてずっと後のことではあるが、
 『この世はかばかりと見果てつる心地する齢になりにけり。さりぬべき様(尼)に思し許してよ』
と、紫上に悲痛な言葉を吐かせることになり、さらに、女三宮にも「出家」の道をたどらせることとなる。
二人の女、特に紫上に去られることこそ、よく言われるところの「因果応報」に当たるのかもしれない。父帝の最愛の妃(藤壺宮)と通じてしまったという計り知れない重い罪がそのままで済むはずはないからである。
 しかし、私はそんな言葉(因果応報)で置き換えたくはない。源氏の身勝手さ、自己本位、また他を顧みない奔放な行動や性格そのものから出たもので、まさに「身から出たさび」としか言いようがないのである。身勝手さや自己本位は彼の魅力であるとはいいいながら、その魅力だけでは済まされない人生の皮肉を感じざるを得ない。栄光の光源氏が、自らの身勝手さゆえにそれを失っていく。
 それにしても紫式部という女性は、壮絶な物語を創り上げたものである。


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