郷愁

遺伝子のたくらみ

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   遺伝子の企み
                                    竹内久美子の『そんなバカな!』によせて

 蔵啄也の『美人を愛した遺伝子たち』という本に、面白い例が載っている。
 その一つが、「おしどり」の話である。夫婦仲の睦まじさでとみに定評のあるおしどりも、実は夫婦仲がいいなどという、なま易しいものではないのだそうだ。いつも一緒にピッタリと寄り添っているのは、自分のツガイが別の雄に奪われないようにと、必死に警戒している姿の表れだという。
 もう一つは、伝書鳩の話である。伝書鳩をレースに出す時は、ツガイの雌の箱に、わざと別の雄を入れて見せつけてやるのだそうだ。すると伝書鳩は、「俺がレースでもたもたしていると、あの雄に女房がさらわれてしまう」と、必死の相で飛んで戻ってくるのだという。
 いずれの例も、要するに自分の遺伝子を残したいがための涙ぐましい姿なのであって、決して美談でも感動するような話でもないのだそうだ。
 動物とは、人間を含めて案外そんなものなのかも知れない。やれ究極の愛の表れだ、やれ崇高な行為だとか言って感銘深くみていることも、一皮剥けば、自分の遺伝子をいかにうまく残すかの、あさましき行為に他ならないといえるのかもしれない。
 立派な行いをして人に褒められたり、恥をかかないように頑張ったりするのも、結局は自分を有利な立場において、異性をひきつけたいという行為であって、極端に言えば、自分の遺伝子をばらまくチャンスを窺っているに過ぎないということになる。
 たとえば、カラオケなどで歌を上手に歌うなどというのも、異性の心をしびれさせてしまおうという魂胆なのだ。それは、ちょうど鳥が、羽を広げて盛んに求愛活動をしていることと同じレベルだといっていい。事実、フランク永井の『宵やみ~迫れば~』などと低音で歌われると、女はついしびれてしまうという。

 一生懸命勉強するのも、決して勉学心旺盛ということからではない。良い大学に入って、良い会社に就職することが目的なのだ。良い会社に入れば良い相手と遭遇するチャンスは多い。それが最終目的なのだ。
 そういえば、高校時代に試験の成績が廊下などに貼りだされた時、少しでも順位が良かったりすると、無性に彼女に見てもらいたい気分になったりしたものだ。
 スポーツなどもそうだ。スポーツなどは自己顕示の最たるもので、一見純粋に競技に浸っているようで、実は「自分は強いのだぞ、自分の遺伝子は優秀であるぞ」と誇示しているに過ぎないということである。
 竹内久美子も、その著書『そんなバカな!』の中で、「動物の行動をつき動かしているのは、全て遺伝子のしわざである」と言って、実に面白い例をこれでもかというほどにあげている。案外、我々はいろいろの場面で、自覚はしていないものの、遺伝子の企みに振り回されているのかも知れない。

 そうだとすれば、『道徳』とか『倫理』とかの言葉も考え直さなければならなくなる。
 道徳的に振るまうのも、決して高尚な行為なのではないのだ。裏がある。「おれは決して悪いことをするような人間ではない。だから、安心してついてくるがいい」という意志表示だ。
 倫理も、勝手に遺伝子をばらまかれては争いばかり起こって困るというので、いろいろの決まりを作ってきた。それが倫理という高尚なものになったに過ぎない。
 とすれば、むしろ不道徳な行為や不倫をすることの方が、人間の真実の姿に近いといえるのかも知れない。こう考えると、「歴史は夜作られる」とか「事件の陰に女あり」という言葉が、ずっと真実味をもって迫ってくる。考えてみれば不倫も遺伝子ばらまきの行為に他ならないのだ。
 ところで、私の初恋は、小学校の二年生の時だ。学芸会で、チャイコフスキィ-の『くるみ割り人形』のようなものをやった。その時、チョコレ-トかなにかの役をやった女の子が、私の目から見れば、「それはそれは可愛いい子」で、まさに『眠れる森の美女』の美女みたいに映って、小さな心を燃やして眠れなかった。
 その時、私は、なんの役をやったか今では定かではないが、彼女の気をこちらに引き向けようと、一生懸命練習し、演技をしたような気がする。あれも、竹内久美子に言わせれば、遺伝子ばらまきの初期的症状だったのかもしれない。

 考えてみれば、私の人生は常に女に取り囲まれてきたといって過言ではない。といっても、私が多くの女性遍歴をしたという意味ではない。とにかく、私の意識から女の影が消えたことがないのだ。何歳になってもそうだった。今にしてようよう平安の境地に至ったと言っていいかもしれない。早い話、遺伝子をばらまく能力がついに尽きたということだろう。

 竹内久美子によって、いろいろなことを考えさせらたと同時に「恋は美しきもの」という幻想も無残に打ち砕かれてしまった。「ああ、読まなけばよかった『そんなバカな!』」


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