源氏物語

源氏物語たより291

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   それだけは許せぬ 朧月夜との再会 『若菜』⑧ 
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 光源氏は、紫上に向かってこう嘘を言う。
 『ひんがしの院にものする常陸の君の、日ごろ患ひて久しくなりにけるを、物騒がしきまぎれにとぶらはねばいとほしくてなん。昼などけざやかにわたらむも、便なきを、夜の間にしのびてとなん思ひはべる』
 「常陸の君」とは、「末摘花」のこと。彼女が長く患っているのに、女三宮との婚礼の忙しさに取り紛れて見舞いもしていない、可哀そうなので訪れようと思う、というのである。
 こんなところに末摘花が突然登場することそのものが妙なことなのだが、彼女が長く患っているとも言う。およそ病気に縁のないのが末摘花ではなかったのか。とんだところで末摘花も出汁(だし)に使われてしまったものだ。もちろんみんな嘘である。
 それも「昼などけざやかにわたらむも、便なきを」とぬけぬけと言う。毎度のことながら源氏のおとぼけと鉄面皮には呆れるしかない。「昼だと人目について具合が悪いから、夜に」と言うのだ。 
 我々は、『初音』の巻でその事実をみな知っている。末摘花には『まほにも向かひ給はず』だったし、『ことさらに御几帳ひきつくろひ、隔て給ふ』関係でもあったことを。源氏は、彼女とまともに顔も合わせたくないから、わざわざ几帳の位置をずらして隔て隔てに話をしていたのだ。それなのに「昼はどうも具合が悪いので、夜に」行くはずはないのだ。よくも言えたものだ。もっとも夜だと「霞にも紛るまじき華やかなる(末摘花の)御鼻」を見ないで済むとでも言いたいのだろうか。
 実は、朱雀院が出家したことで暇の出た朧月夜に忍んで行きたいがための稚拙な嘘八百なのである。

 朧月夜は、院の出家にともなって「自分も尼に」と思ったのだが、許されず、今は修行のための準備をしていた。そんな朧月夜のことを知って、源氏は、
 『あはれに飽かずのみ思して止みにし御あたりなれば、年ごろも忘れがたく、いかならん折に対面あらむ。今一たび逢ひ見て、その世のことも聞こえまほしくのみ思しわたる』
のであった。「あんなに情けを掛けあった仲なのに、不満足なうちに別れてしまった。長年彼女のことを忘れることとてなかったのだから、ここで何とかもう一度逢って、あの頃の話をしたいものだ」というのである。
 二人が最後にあったのは、もう十五年も前のこと。源氏が二十五歳の時である。彼は今では准太上天皇。朧月夜もすでに四十歳近くにはなっているだろう。また最後の逢瀬が、須磨への退去という悲劇を生む元になったのだ。それでも逢いたいというのは、やはり恋には歳や身分や嫌な思い出は関係ないのだろう。それに「焼け棒杭に火がつく」ということもある。それにしても、それほどに逢いたいと思わせる女・朧月夜とは、どれほど魅力的は女性であったのだろうか。
 
 紫上にこんなに稚拙な嘘をついてまで逢いたいという。それなら一層嘘のつきついでに、末摘花に会うのだったら平気を装って出かければいいのに
 『いといたく心げさうし給ひつつ』
なのだから可笑しい。「心げそう」とは「そわそわしながら身支度をする」ことである。いつもはそんなにそわそわして行くようなところ(末摘花)ではないのに、『あやし』と紫上はすぐ見破ってしまう。
 でも女三宮のこと以来、紫上は、以前のように源氏に対して打ち解けた気持ちにはなれないでいた。だから、この時も見知らぬような様子を貫いていた。

 翌朝、朧月夜の元から帰ってきた源氏は、さすがに堂々とはしていられず、「いと忍びて」部屋に入る。その様子を見た紫上は、「やっぱりな」と思うものの、それでも知らんぷりを決め込む。そんな様子が、源氏にはかえって心苦しく、いつも以上に彼女への変わらぬ愛を契るのである。
 その後、源氏は、よせばいいのに「朧月夜に物越しではあるが逢った」ことを告げ、さらに「もう一度逢えればなあ・・」などとぬけぬけ語るのだ。このあたりの彼の人となりが、素直なのかとぼけているのか、あるいは抜けているのか理解できないところである。
 いずれにしても聞いている紫上にとって快いものではない。そこで、さすがにこう皮肉を言う。
 『いまめかしくもなりかへる御有様かな。昔を今に改め加へ給ふほど。中空なる身のため、苦しく』
 内容が理解しにくいが、意訳すればこういうことになろう。
 「まあ、随分お若くおなりになったこと。昔の朧月夜さまに代わって、今度は女三宮さまというわけですものね。それにしても、どっちつかずの私は何とも辛いことでございますわ」
 彼女は『うち笑ひ』ながらこう言ったのだが、それでも『さすがに涙ぐみ給』うのである。

 女三宮の降嫁は、紫上にとっては天から降ってわいたような出来事で、確かに自尊心をいたく傷つけられることではあっが、ある面、防ぎようがなく仕方のないこと、と諦めることはできた。ところが、朧月夜との逢瀬は許せない。女三宮の降嫁でひどい打撃を負っている紫上の心情は手に取るように分かっているはずである。源氏はまさに執行猶予期間におかれていたはずだ。だから、しばらくは他の女に心を分けることなどあってはならないことだったのだ。
 にもかかわらず、『心げさうし』て、『薫物などに心を入れて』朧月夜のところに出かけていき、翌朝は『(朝日が)やうやうさし上がりゆく』まで、しっぽりと語り合っていた。
 もうこれは、紫上に対する背信行為以外のなにものでもない。どこまで、彼女を痛めつければ気がすむのだろうか。彼女の嘆き、哀しみ、焦燥は計り知れないというのに、止めれば止めることのできた朧月夜との逢瀬を強行してしまう。「それが恋というものさ」と割り切ってしまうのでは、紫上にとってはあまりに無情で辛いことになる。
 
 私は、これこそ紫式部の大きな意図であると思う。“朝顔”の時もそうだったが、朝顔などはさして重要な人物とは思われないのに、わざわざ一巻を成して登場させたのは、紫上の哀しみをよりクローズアップさせようとしたためだ。これでもかこれでもかと追い打ちをかけるように、哀しみの事実を積み上げていって、紫上の哀しみの形象を上塗りしていく。
 それは、かつて末摘花の存在が「決して脇役ではない」と私が述べたことと符合する。末摘花という人物を、「あはれとは無縁の女」「変化することを止めた女」として何回も何回も登場させることで、源氏物語の「もののあはれ」という主題に一層の上塗りをしていったのだ。
 紫上は、そういう意味で末摘花とともに、紫式部の意図の上に造形されたいわば犠牲者の中心人物なのである。




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