源氏物語

源氏物語たより293

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   尽きない婀娜ごと 『若菜』⑨ 源氏物語たより293

 前回、光源氏が朧月夜に再会したことは決して許されることではないという話をした。しかもあの一度だけの逢瀬であったならば、まだ許されたのだが、彼はさらに朧月夜との逢瀬を重ねていく。紫上への背信もはなはだしい。

 東宮に入内していた明石姫君(女御)が、妊娠のために、里(六条院)に下ってきた。紫上にとっては、明石姫君は、自分の娘と変わらない存在である。姫君自身も、紫上のことを「実の母」と思っているほどなのだ。だから、姫君が里帰りすれば、紫上は飛んで行く。
 ところが、姫君のおましは、寝殿の東おもてにしつらえられていて、その西おもてには女三宮がいる。中のしきりを開ければ、そこはもう女三宮のおましなのである。
 女三宮を無視して明石姫君にだけ会うというわけにはいかない。そこで、彼女は「このついでに」と思う。このついでに女三宮にも会っておこうと思い、彼女はその旨を源氏に申し出る。源氏とすれば、これを契機として紫上と女三宮とが上手くやっていけるようになるのではという期待もあり、快諾する。
 しかし、紫上にこだわりがないわけではない。かつて自分はこの寝殿にいて、女主として六条院に君臨していたのだ。そこに、降って涌いたように女三宮が降嫁してきた。そこになぜ自分が挨拶に行かなければならないのだ、と思うと屈辱感にさいなまれる。彼女は
 『我よりかみの人やはあるべき』
と理不尽さに泣く。「自分より上に立つ人などありはしないのだ」ということである。確かに女三宮は内親王である。でも、私との差は何だろう。自分も宮様の娘ではないか。たまたま源氏さまに見出されて二条院に強引に連れて来られただけで、そこが、大仰に降嫁された女三宮さまに異なるだけではないか。それでも爾来、自分は長年源氏さまの愛を独り占めしてきたし、北の方として立派にやって来たのだ・・と思うとなんともやるせない。

 そんな思いを知ってか知らずか、明石姫君と女三宮のところを回ってきた源氏は、紫上のところにやって来る。そこで改めて紫上の類まれな美質を確認するのである。彼の目には紫上はこう映る。
 「いずれの面をとっても、気高く立派で、しかも華やかさがあり現代的である。匂うような色香があり、優美。何から何まで整っていて、今がまさに女の盛りだ。年々日々に彼女は目新しさを加えていく。『いかでかくしも』」
 まさに激賞である。紫上がもの思いにひたりながら手習いをした反故を見ても、この上なく優美な筆跡である。
 ただ、そこに書かれていた歌は、源氏に対する不信感であった。
 『身に近く秋やきぬらん 見るままに青葉の山も移ろひにけり』
 「秋」は「飽き」である。「かつて、源氏さまの私に対する情愛は、青葉のようにしげりに茂っていたのに、その愛は、今ではすっかり“飽き”に変わってしまった。それを目の前に見るとは・・」。
 そんな紫上の辛い状況が分からない源氏ではないのだが、ただ、その辛さを表に出さない紫上の奥ゆかしさを有難く思う程度で止まってしまう。

 この夜は、紫上と女三宮が対面するということで、源氏に暇が生まれた。すると彼は、早速
 『かの忍び所に、いとわりなくて、出で給』
うのである。「かの忍び所」とは、もちろん朧月夜の所である。「わりなくて」とは「無理をして」ということで、准太上天皇ともなれば、そう気軽に女のところに忍んで行くわけにはいかない。それでも彼は随分の無理を押して出かけたのだ。
 先ほどはあれほど紫上を激賞していたではないか。また、女三宮のことで、紫上は痛く自尊心を傷つけられているのも分かっているはずだ。彼女の歌にも「秋(飽き)」とさえ詠われていたではないか。それでも出かければ、どういう結果を招くことになるのか。そこまで無理をする彼の行動の必然性が、我々には理解できない。
 それでも、彼は、内心ではこうも思ってはいるのだ。
 『(出かけるなど)いとあるまじきことと、いみじく思し返(す)』
 「朧月夜のところに出かけるなど、とんでもないこと、止めなければ」という思いは、紫上に対する遠慮であることは明らかである。それでもやはり
 『かなわざりけり』
なのだ。彼の心理構造が理解できない。
 一つにはそれほどに朧月夜が魅力的であったということもあるかもしれないが、彼の場合はそれだけではないようだ。彼をそこまで突き動かすものは何なのだろうか。「先天性恋愛希求症」とでも言えばいいのだろうか。
 確かに「恋」というものは不思議なもので、恋のために信じられない事件を起すなどということは世の常である。「恋の山には孔子(くじ)の倒れ」という言葉がある。あんなに礼・義・信に厚く、堅物の権化のような孔子様でも、恋には倒れることもあるという意味である。ましてや婀娜なる御本性の源氏とすれば、恋のために自己を失うのは当然のことかも知れない。

 あらためて、源氏の過去を振り返ってみると、子供の頃から恋に倒れっぱなしであった。「義母・藤壺宮への思慕」から始まって、彼女とのあるまじき密通、身分違いの空蝉や夕顔との恋、特に夕顔の場合は、彼女を閨で死なすという不祥事を起こしている。そして、朧月夜や玉鬘・・などなど、あってはならない恋に身をやつし続けてきた。女に対しては自制のきかない男、それが光源氏ではあった。
 ただ、彼の奔放な女遍歴だけでことが済めば問題はないのだが、あれほど「この上なく愛している」と言い続けてきた紫上を巻きぞえにしてしまったことのは、なんとも解せないことで、その罪は重い。

 紫上が、「今はの際」というほどに患うのは、これから六年後のことである。一般には女三宮とのかかわりによるように見られているが、私はそうは思わない。朧月夜との「あるまじき恋」こそ、彼女を蝕んでいった元凶である。ボクシングでは「ダメージ」ということがよく言われる。ボデーブローは、一見それほどのダメージを相手に与えているようには見えない。しかしそれを続けると、ダメージは蓄積し、ついには体力を失って倒れていく。そんなボデーブローを源氏は打ち続けてしまった。
 今回の逢瀬は、紫上の善意(女三宮に自ら会うという)に便乗したもので、特に悪質である。


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