源氏物語

源氏物語たより14

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  湯桁はいくつ  源氏物語とはず語り14

 紫式部の筆のさえは、源氏物語の全編にわたっていて、いつもその鋭さ辛辣さには呆れてしまうのだが、『湯桁』の話もその一つである。湯桁は、『空蝉』の巻と『夕顔』の巻とに二度登場する。湯桁とは、湯槽(ゆぶね)のまわりの桁のこと、または,湯槽そのものをもいう。


 『空蝉』の巻にはこんな場面で登場する。雨夜の品定めの時に、頭中将や左馬頭たちが、
 「中の品には意外に良い女がいるものである」
という話をしていたことに刺激された光源氏が、早速中の品の階級である受領・紀伊守の邸を訪ねて、実証実験に及ぶ。たまたまそこに居合わせていた紀伊守の父親である伊予介の妻・空蝉と強引に契りを結ぶ。しかし、それ以降は、空蝉は、源氏とのあまりの身分差と夫への気兼ねとから、源氏と二度と関係を持とうとしなくなる。
 一方、何とか再び関係を結びたいと願う源氏は、再び紀伊守の邸を訪ね、空蝉の姿を垣間見ようとする。すると空蝉と伊予介の娘・軒端荻とが碁を打っていたるのが垣間見えた。碁を打ち果てて、勝ち負けの目の数をこの軒端荻が勘定している、
 『をよびをかがめて(指をまげて)、とお、はた、みそ、よそ、など数ふるさま、伊予の湯桁もたどたどしかるまじう見ゆ』 「十、二十、三十、四十」と目を数えるその数え方たるや神技の速さで、これなら数が多いということで有名な伊予の温泉の湯桁も、一瞬にして数えてしまうことだろうと源氏が感心して見ている場面である。
 この後、源氏は空蝉の部屋に侵入するが、それを素早く察知した彼女は逃げてしまう。おかげで、空蝉と間違えてこの湯桁の軒端荻と契ってしまうのだ。

 軒端荻の父親が伊予介であることから、伊予の湯を連想し、伊予の湯から数の多さを連想し、軒端荻の勘定の速さに結び付けていく。紫式部の、古歌や漢詩の引用は実に適切であることにいつも感心させられるのだが、歌枕や名所・旧跡の引用もまた鮮やかである。

 『夕顔』の巻での「伊予の湯桁」の話は、更に辛辣でふてぶてしい。これについては最後に触れる。
 ところで、『伊予の湯』とは、愛媛県松山市にある道後温泉のことであるが、「湯桁の数が多い」とは一体どういうことであろうか。
 道後温泉は、湯量が豊富なので浴槽が多いということだろうか、またそれは、湯屋があちこちにたくさん点在しているということであろうか、あるいは、大きな湯宿(旅館のようなもの)があって、その湯宿の浴場に数多くの浴槽が並んでいるということだろうか、そしてそれが井桁につながって設置されているということなのか、あるいは不規則に点々と設置されているということなのだろうか。これが皆目分からない。
 軒端荻が瞬時にして数えてしまうということは、“一目で”ということであろうから、一部屋に多くの浴槽があって、それを一目見て瞬時に数えてしまうという気もするが。しかしそんなに大きな湯宿や浴室が、古代にあったのだろうか。

 実は、私は今まで道後温泉に行ったことがなかったのだ。40年も前のこと、松山に行ったことはあるが、その時は松山城だけ見学して帰ってきてしまった。当時は道後温泉が3000年もの歴史がある温泉場だということも知らなかったし、そもそも温泉にはそれほど関心を持っていなかったのだ。   
 源氏物語にまで登場する温泉場とはすごいものだ、一度は見てみたいものだ。それに『湯桁の数』とは一体何なのか、俄然道後温泉に興味を湧かした。その思いが果たせる機会はいともたやすくやってきた。今年の大学時代のクラス会が、高松市で行われることになったのだ。ついでに松山に寄って湯桁の数を確認してこよう。

 こんな思いがあったので、道後温泉に着くなり、『道後温泉本館』の湯に飛び込んだ。本館は、道後温泉のシンボルのようなもので、城郭式木造三層の建物で、明治27年の建造である。三層の屋根のてっぺんには鷺が羽を広げて飛んでいる。
 なるほど由緒ある温泉である。浴室の壁も浴槽も湯釜もすべて石造り。“神の湯”には3つの浴槽があり“霊の湯”には2つの浴槽がある。庵治石で造られた湯釜には、山部赤人の長歌や反歌などが刻まれていて、いかにも歴史の古さを感じさせる。湯釜は、径150センチ、高さ160センチもある堂堂たるものである。
 赤人の長歌は、来浴した多くの天皇や宮人たちがここで歌を想い、聖徳太子が文の想を練ったことを述べた後、反歌で次のように詠っている。
 『ももしきの大宮人の熱田津に船のりしけ 年の知らなくに』
 赤人が、道後温泉を尋ねたのは、斉明天皇が、百済救援のために筑紫に向った時から50年後。斉明天皇がここに立ち寄った時、天皇の代わりに詠んだかの有名な歌が、 
 『熱田津に船のりせんと月待てば潮もかなひぬ いまはこぎいでな』
で、額田王の歌である。赤人はこの歴史の跡を偲んで「ももしきの」と詠ったのだ。
 道後温泉には実にさまざまな人々が訪れている。聖徳太子、天智天皇、一遍上人、小林一茶、与謝野晶子、伊藤博文、夏目漱石・・・それほどに有名な温泉場だったのだ。正岡子規はここの生れである。一茶の
 『寝ころんで蝶泊まらせている外湯かな』
などの俳句で、当時の温泉場ののどかな様子が偲ばれる。外湯もあったのだ。この温泉を描いて傑作なのが、漱石の『坊ちゃん』の一節だ。
 「おれはここへ来てから、毎日住田の温泉(道後温泉のこと)へ行くことに決めている。ほかのところは何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ。・・・温泉は三階の新築で、・・・湯壺は花崗岩を積み上げて、十五畳くらいの広さに仕切られてある。・・・深さは立っても乳の辺りまであるから、運動のためには、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快だ」
 漱石が松山中学校に赴任して来たのが、明治27年、まさに道後温泉本館は「新築」そのものであった。深さも乳の辺り(私の背丈では、腰の辺りだったが)まであり、湯量はたっぷり、泳ぐには絶好である。しかし漱石のいたずらのために『泳ぐべからず』の札が貼り出されてしまい、今もそのまま貼り出されている。
 温泉場の近くの公園には、元祖湯釜が残されている。大きさは今のものと同じく堂々たるものである。驚いたことに16世紀に造られたもの(一説に13世紀のもので、銘の「南無阿弥陀仏」は一遍上人の筆という)で、明治27年の改装の時まで使われていたという。

 さて、源氏物語とは関係のないところで随分長湯をしてしまったが、ここらで本題の湯桁の数に戻ることにしよう。
 結論から言えば、結局『湯桁の数』の意味や由来は、「分からない」ままであった。温泉街にはそれほど旅館が多いというわけではない。しかも、各旅館に内湯がひかれたのは、1955年のボーリングの成功以来のことという。湯量はさして多くはなかったのだ。道後温泉本館にも湯槽は数個しかない。これをもって「数が多い」とはとての言えない。古い民謡には
 『伊予の湯の湯桁はいくつ いさ知らず や数えず よまず やれそよや なよや 君ぞ知るらむ』
とあるそうだから、湯桁の多さは、大昔から人口に膾炙されていたにもかかわらず、現地に来てもそれが検証できなかった。これは一体どういうことであろうか。
 想像するに、それは道後温泉の歴史の古さに由来するのではなかろうか。道後温泉は、大国主命の神代の時代から、聖徳太子、斉明天皇、天智天皇・・と、多くの有名人や宮人が訪れている。彼らは都に帰ってその湯の素晴らしさを得々と語ったことであろう。それは時には誇張され、時には美化され、ついには壮大な温泉のイメージを形作って、都人の憧れの場となった。
 「伊予の湯は、傷や病気には素晴らしい効能があるんだって!」
 「伊予の湯は、すごく大きいんだって!」
 「伊予の湯は、湯槽は数えきれないほどにあるんだって。」
というように。

 ところで、源氏物語のもう一つの湯桁は、こんな場面に登場する。伊予介が、任地の伊予から京に帰ってきた。
 『先ず急ぎまゐれり。船道のしわざとて、少し黒味やつれたる旅姿』
 彼は、都に帰るなり、取るものもとりあえず旅姿のまま、先ずは源氏のところに駆け付けたのだ。源氏は天皇の子であり、左大臣の婿である。十七歳の若さとはいえ当代の実力者で、受領階級の者は、より有利な国の国司になることを願って、何はさておき実力者のところへ飛んで行く。
 伊予介は、任国の伊予の国の話をいろいろ源氏に報告する。源氏はその報告を聞きながら、内心では
 『湯桁はいくつ、と問はまほしくおぼせど』
などと不逞なことを考えながら聞いていた。
 「湯桁の数も簡単に数えてしまうあんたの娘と契ったこともあるのだよ。あの時は・・」
などと。源氏のことだから “湯”ということから、軒端荻の裸身の姿なども想像していたかもしれない。
 しかし、さすがに“人もいやしからぬ”年配を前にして
 『げにをこまがしく、うしろめたきわざ(いかにも愚かしく、後ろ暗いこと)』
と反省はする。

 いずれにしても、辺境の地にありながら、大宮人の口の端にも上る温泉である。伊予の湯にはぜひもう一度行ってみたいと思っている。今度は湯桁の数などには拘泥せず、「乳までもある」湯にとっぷりと浸りながら、湯そのものを味わってきたい。
 『ほしいまま湯気立たしめてひとり居む』  石田波郷
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