源氏物語

源氏物語たより295

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   幼い女三宮 『若菜』⑩ 源氏物語たより294

 紫上は、「六条院で私の上に位置するような女性などあるはずはない」と理不尽な気持ちを拭いきることができずにいたのだが、とにかく相手は内親王である。ついに女三宮に会い、挨拶することとなった。宮の御ましは、明石姫君(東宮女御)の部屋の西側で、中の戸を開ければいいだけである。
その中の戸を開けて、紫上は、宮にお会いした。すると、宮は
 『いと幼げにのみ見え給へば』
紫上は急に気軽になり、すっかり自分が母親のような気がしてしまって、二人の血縁関係(女三宮は紫上の姪)のことを話しかける。それに対して、宮がどう応じたかはここには一切書かれていない。恐らくまともな応対もなかったのだろう、彼女は話の相手をすぐ宮の乳母の方に向けてしまう。
 この後、彼女は、宮が喜びそうな内容に絞って話をすることにした。それは
 『絵などのこと、雛の捨てがたきさま』
などである。いやしくも宮は、時の准太上天皇・光源氏の正妻なのである。にもかかわらず「雛」のことくらいしか話題にならないという「片なり」なのだ。そういえば、源氏は、紫上が宮に会うことは喜ばしいことと思う一方、そのあまりにも幼い宮の姿を、紫上に知られてしまうことを心配していたのだが、案の定一目で見破られてしまった。
 紫上は、絵や雛のことを、自らもいかにも若々しげな様子で宮に話しかける。すると、宮は
 『いと若く心よげなる人かなと(紫上を見)、幼き御心地には打ち解け給へ』
るという有様なのである。

 二人の差は歴然たるものである。源氏の目から見た紫上は、
 「すべての面で、気高く立派で、しかも華やかになまめきたつ女盛り」
なのに対して、片や、「雛遊び」に夢中なのである。勝負にならない。
 この二人の対面の様子は、絵や雛など以外のことは書かれていないが、おそらく書くに値しないものとして省いてしまったのだろう。
 それでも、その後、紫上は、宮に常に文を通わしたりお話をなさったりする。しかし、その内容といえば
 『をかしき遊びわざ』
でしかなかった。「遊び」といえば、普通「管弦」のことを指すが、この宮に限っては管弦ではない。それは、宮は琴の心得など、まるでないことが後に分かるからである。

 どうしてここまで女三宮は幼く育ってしまったのだろうか。
 一つには父・朱雀院の溺愛があろう。母親を早くに亡くした三宮を不憫に思って、教えるべきことも教えずに、ひたすら可愛がっていたものと思われる。後に源氏が、風雅な面では才能豊かな朱雀院が、どうして琴の一つも娘に教えておかなかったのかと、いぶかる場面が出てくる。そういう院であるから、まして人としてあるべき道理や生きるすべなどを教えるはずはない。
 そしてもう一つが、宮を取り巻く乳母や女房たちの質の問題であろう。乳母は、院に面と向かってずけずけとこう言う人間だ。
 『姫宮は、あさましくおぼつかなく、心もとなくのみ見えさせ給ふ』
 院である父親に向かってなんという無礼千万な言い草であろう。今までの乳母としての育ての結果であろうと言いたくなるほどだ。特に女房たちは
 『おとなおとなしきは少なく、若やかなるかたちのひたぶるにうち華やぎ、ざればめる』
連中ばかりがそろっていた。宮が降嫁した当初こそ、そういう女房たちをいろいろたしなめ訓戒してきた源氏であったが、途中で諦めてしまって、女三宮だけには『いとよく教え聞こえ』るように変えてしまったほどである。

 ところで、六条院には紫上という歴とした正妻がいるにもかかわらず、内親王というさらに勝る身分の方が、北の方として降嫁された。そのことで今まで世間ではさまざまな噂をしてきた。
 「紫上はどうお思いになるだろう」
 「紫上に対する源氏の情愛も、やはりこれからは劣ることになるだろう」
などなどと。そこには何か事が起こるかもしれないという期待するような雰囲気さえあったのだが、あにはからんや、源氏の紫上に対する情愛は衰えるばかりか、かえって勝って行くようであるし、何事も起こらない。
 それもこれも、女三宮の幼さゆえである。これでは紫上とは勝負にならず、問題の起こりようもないからだ。二人に関する世間の興味もすっかり薄れてしまった。
 事実、この後、紫上と女三宮との間に確執はないし、二人の上に特別な事件が起こるということもない。

 ところが、宮の幼さは、予想もしないところであさましい事件として火を吹いてしまった。「唐猫事件」であり、やがてはそのことが柏木との密通というあるまじき事件へと発展していくのである。もちろん世間の誰もが知り得ることではないのだが。
 そして、宮は二十二歳という若き身空を、尼に身をやつしていくのである。

 父・朱雀院と乳母と女房たちが、寄ってたかって行く末永い女三宮の運命を狂わせてしまった。


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