源氏物語

源氏物語たより295

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   明石一族の栄光 『若菜』⑪  源氏物語たより295

 東宮に入内した明石姫君(女御)が、長子出産のために六条院に里帰りしてきた。御座(おまし)は戌亥(いぬい 西北)の邸である。ここはもちろん明石君の居所である。姫君入内までは、娘に会うことも許されなかった明石君であったが、入内を機に紫上に代わって姫君のそばで何くれと世話をすることができるようになっていた。受領の娘でしかない明石君が、晴れて東宮女御の母となり、皇子(皇女)の祖母となるのである。長年の忍従の報いである。

 さて、戌亥の邸には明石尼上(明石女御の祖母)もいる。尼上は、人少なであるのを幸いに、女御のところにのこのこやって来た。一介の受領の妻でしかなかったものが、たとえ孫とはいえ、東宮女御に会うなどということは、あり得ないことである。
 その尼上は、
 『今はこよなきほけ人にてぞありけんかし』
 「ほけ」とは、「呆け」ということである。草子地が「さぞ呆けていることであろうな」と評したのだが、彼女は既に五十六,七歳になっていた。高貴なお人に会っているなどという認識もなかったのかもしれないと、草子地は言いたいのだろう(実はぼけを装っているようでもあるのだが)。
 女御が、この祖母と別れたのは数えの三歳の時、以来十年ぶりの再会である。女御は「祖母の存在」についてははっきりとは知っていなかったので、闖入してきたお年寄りが誰かわからず、「気味の悪い鬱陶しいおばあさん」とばかり思っていた。ところが、尼上はそんな女御の思いも気にせず、こともあろうに女御が生まれた明石時代のことを得々と喋ってしまうのだ。
 しかし、このことは大変な御法度だったのである。女御の実の母親(明石君)が、実は明石生まれの田舎育ちであったことも、また女御の祖父が受領であったことも、決して知られないよう、光源氏も明石君もそれはそれは気遣ってきたのだ。明石君の出自が公になることは、将来の「后がね」にとっては誠に困ることだからである。それ故に明石君は、今まで忍従に忍従を重ねて来たのだ。
 それにもかかわらず、尼上はいとも軽軽としゃべってしまった。
 ところが、そんなこととも知らない女御は、尼上の話に触発されて、自らの今までの生き方に対して深く反省するのである。
 「自分は女御という立場に胡坐をかいて、またなきものと思ったり、他人を侮ったりなどの心驕りをしてきた。人も自分を高く評価してくれているものと思っていたのだが、彼らは内心ではどう思っていたことか、忸怩(じくじ)たるものがある。それにしても今までなんと迂闊な生き方をしてきたことであったろうか」とすっかりしょげ返ってしまった。

 ちょうどそこへ、明石君が入ってきた。見れば、尼上が女御のそばに寄って馴れ馴れしく話を聞かせているではないか。びっくりした彼女はこう言って尼上をたしなめる。
 『あな、見苦しや。短き御几帳引き寄せてこそ、さぶらひ給はめ。風など騒がしくて、おのづからほころびの隙もあらむに。薬師などやうの様して。いとさかりすぎ給へりや』
 随分きつい言葉である。自分の母親を「見苦しい」と言ったり、「すっかり歳を取っている(老いぼれている)というのに」とまで言ったりしているのだ。親に向かって言うべき言葉ではない。
 ただ、何しろ相手は「東宮の女御」なのである。呆けた五十六,七歳のおばあさんがそば近く寄って、馴れ馴れしく話しかけるなどできるお方ではないので、明石君は厳しく戒めたのも仕方ないことである。でも、尼上は
 『もうもうに、耳もおぼおぼしかりければ』
 ただ「あ~あ~」と言って、首を傾げているだけで、娘の注意などどこ吹く風なのである。もっともこれも尼上の計算なのかもしれない。なぜなら彼女は
 「尼姿ながら、たいそうこざっぱりしていて、品があり、目の輝きも違う」
というのだから、そんなに呆けているはずはないのだ。おそらくめったに会えない可愛い孫娘に何としても会って話をしたいがための偽装なのだろう。
 そんな尼上の話だからこそ、女御に次のような歌を詠わせたのだ。
 『しほたるるあまを浪路のしるべにて 尋ねもみばや 浜の苫屋を』
 「嬉し涙に濡れている尼を道案内にして、私は尋ねてみたいものです。明石のそまつでわびしいという住まいを」という意味である。東宮女御ともあろうお方が、明石の苫屋を尋ねたいというのだ。よほどの感銘を受けていたのだろう。
 とにかく、自分の生まれを知ること、母や祖父母の誠の姿を知ること、そして生まれた故郷の有様を知ることは、その人の本源に関わることなので、人間として知らずにいていいはずはないのである。最も大切なことを、尼上は女御に気づかせたようである。
 また女御は、おぼおぼしい祖母の話を素直に受け入れる柔軟さや優しさを持っていた。恐らく将来立派な皇后になるであろうことを予想せしめる人となりである。

 ところで、明石君の、母親に対する厳しいいさめの言葉も、その裏には何とも温かい情が流れている気がする。ここまでずけずけ言える親子関係は、なかなかないからである。かつて、明石君が、娘・姫君(女御)を手放して源氏に預けるべきか否かでひどく迷っていた時に、理路整然と手放すことの正しさを説いて聞かせた尼上だ。呆けて「あ~あ~」とだけ言うような人ではない。
 それにしても「几帳のほころびから、女御のところに変なおばあさんがいるのが見えてしまうではないか」とか、「まあお医者さまのような恰好をして」とか、「随分歳を召している(耄碌している)というのに」とか、よく言えたものである。こう言えるのも日頃から固い絆で結ばれているからこそであろう。

 このやり取りの中で、三人は歌を詠み交わす。先に上げた『しほたるる』は女御の歌であるが、尼上の歌は、
 『老いの浪 かひある浦に立ち出でて しほたる尼を誰か咎めん』
 「こんなに素晴らしい(甲斐ある)所に出てきて、涙に濡れている(しほたる)といっても、誰も咎めるものなどありはしないでしょう」という意味だが、「甲斐あるところ」とは、女御の前ということであろう。女御を孫に持つ栄誉、またその孫のそばでとかく話ができる幸せ、これ以上素晴らしい宿命を持った者など、この世には誰もいはしないのだ、だから年老いたこの目を涙で濡らしたとしても誰も文句など言えないはず、という心である。
 この歌には掛詞(貝~甲斐、海士~尼)や縁語(浦~浪、貝、塩、海士)を駆使した技巧があり、とても「おぼおぼしい」者の歌ではない。故郷・明石をふんだに詠い込んで、自らの栄華を寿いでいる格調高いものだ。

 とにかく明石一族に栄光の時節が到来した。



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