源氏物語

源氏物語たより297

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   明石入道の壮大な夢見 『若菜』⑫ 源氏物語たより297

 平安時代の人々は、見た夢を大切なものと考え、その夢の持つ意味をしばしば夢占いに占ってもらっている。また、相人(そうにん 人相を見て人の運勢などを占う人)や宿曜(すくよう 星の運行で人の運勢や吉凶を見る)にも、しばしばことの持つ意味や運勢を占ってもらっていた。源氏物語でもこの占いが重要な役割を果たしている。
 たとえば、光源氏は、八歳の時に高麗の相人に運勢を見てもらっているが、相人は、次のように源氏の将来を占っているのである。
 『国の親となりて、帝王の上なき位にのぼるべき相おはします』
 しかし同時に
 「そうなると国が乱れよう。また国の固めとなって天下を統べるであろうが、どうもそれもしっくりしない・・」
とも占い、源氏の持つ不思議な相に、宿曜は盛んに首を傾けるのである。
 また、明石君が子供を宿した時には、宿曜にこう占ってもらっている。
 『(源氏の)御子三人。帝・后、かならず並びて生まれ給ふべし。中の劣りは太政大臣にて位を極むべし』
 源氏物語は、これらの占いがどのような結果に至るのかを追求する、いわば「謎解き」の面白さにもあるといえるのである。たとえばこの宿曜の占いは、冷泉帝が「帝」になり、明石姫宮が「后」に、そして夕霧が「太政大臣」になって行くのだが、そういう経過を追う楽しみもあるということである。
 柏木が、源氏の北の方・女三宮と契った晩、猫の夢を見る。それは次のようなものであった。
 『(女三宮と同床している時に)いささかまどろむともなき夢に、手馴らしし猫のいとらうたげにうち鳴きて来たるを』
 当時、獣の夢を見ることは、相手が妊娠するしるしだという迷信があった。事実、後に女三宮が妊娠するのだが、これはもう柏木の子に間違いないというように判断されたのである。

 明石入道も、壮大な夢を信じた。彼が見た夢はこのようなものであった。
 『我がおもと(明石君)生まれ給はんとせしその年の如月のその夜の夢に見しやう、「自ら須彌の山を右の手に捧げたり。山の左右より月日の光さやかにさし出でて世を照らす。自らは・・山をば広き海に浮かべおきて、小さき舟に乗りて西の方をさして漕ぎゆく」となん、見はべりし』
 何やらさっぱり理解できない夢見なのだが、とにかく壮大な夢であることは確かである。それでは分かる範囲でこの夢を解いていってみよう。
 「須彌の山」とは、「須彌山」のことで、「仏教の世界観で、世界の中心に聳え立つという高山。頂上には帝釈天が住み、中腹には四天王が住む。この山の周囲を月日が回転している」という山のことである。ちなみに、お寺などで仏像が安置されているあの「須彌壇」はここから来ている。
 その山を手に捧げ持ったというのだから、いかに桁外れな夢であるかが分かるというものである。
 そして、この「日」「月」は、国をあまねく統べる存在ということで、帝、皇后をあらわす。月・皇后は後の明石姫君に当たるというのだ。
 「小さき舟に云々」は、自分は一切の欲心は捨て、般若の知恵(舟)に乗って西方浄土を目指して修行の旅に出る、つまり出家するということである。
 一介の元受領の孫娘が皇后になるなどということはありえないことなのだが、彼はこれを固く信じ続けた。そのために、彼にとっては、娘がただ人の嫁になるなど考えようもなかったのである。そういえば、源氏がわらわ病の治療に北山に行った時に、家臣の良清が、 
 「播磨の国の元国司は、娘がただ人と結婚するようなら、海にでも入ってしまえと日頃から言っていた」
とあったが、この壮大な夢を信じていたがゆえの言葉だったのだ。
 入道はこの夢があまりにも常識を超えたものだったからであろう、長く公にしなかった。しかし、姫君が東宮に入内し、皇子を生んだことで、この夢見の実現しつつあることを喜び、初めて明石君に明かしたのである。

 なぜ彼はここまで常軌を逸した夢を信じたのだろうか。
 明石入道は、元々「近衛の中将」として政界の中心にいた人物だった。近衛の中将と言えばエリート中のエリート。源氏や例の頭中将も、「中将」で、後に彼らは太政大臣になっている。入道の親は大臣でもあったので、順調に進んでいれば彼も間違いなく大臣であったはずだ。ところが、彼の「ひが根性」が政界にいることを不可能にしてしまった。
 彼は一族の栄光を破滅させてしまったのだ。そのための苦悩ははかりしれない。お家再興が彼の重い足かせとなった。彼は、娘の意思に関係なく、あの夢見を信じ、それに賭けるしかなかったのである。そのためには、「蓄財」をしてチャンスを待つしかない。中央を捨てて播磨に逼塞したのは、受領として蓄財するのが目的であったのだ。
 そんな時に、たまたま極めて有能・優秀な、そして将来を嘱望されていた悲劇の皇子が須磨に流れてきた。千載一遇のチャンスである。この源氏に賭けたのだ。

 「相人」や「宿曜」や「夢占い」などということは、現代の我々にとっては現実離れした馬鹿馬鹿しいこととしか考えられないのだが、当時の人はこれを心から信じていた。
 ただ、そうかといって、源氏物語が、現実離れした荒唐無稽な、まさに夢物語を語っているわけではない。そこにはそうなるべき必然性がきちんと敷設されている。源氏が須磨に流れた経過も、我々は「当然の結果、仕方のないこと」として十分納得できることであるし、明石入道の一族再興の夢も、歴史上しばしばあった事実で、そこには何の無理もない。 また、彼が、源氏に賭けたのも、源氏という人物を見抜く力が優れていたからだろうし、世の中の動静を読む力も優れていたということだ。明石に逼塞しながら、中央の情勢を的確に把握していたものと思われる。須磨で激しい風、雨、雷に困じ果てていた源氏の心理を的確に把握して、即座に舟を送っている彼の洞察力は見事なものであった。
 またお家再興のために蓄財することは、没落氏族の最少限必要な心構えであった。なぜなら、金によって政界に返り咲くことも可能であったろうからである。彼が出家して山奥に入っていった時に、彼は、財産のすべてを弟子に分け与え、寺社に寄進し、残りはすべて明石君の邸・六条院西北の館に運んでいる。それ以前にも源氏復権のために援助はおさおさ怠ることはなかったはずである。

 明石君に残した長文の遺書の中でこう言っている。
 『(仏教関係の書籍を見ても)夢を信ずべきこと多く侍りしかば・・』
と。そしてこんな歌を残すのである。
 『ひかり出でんあかつき近くなりにけり 今ぞ見し世の夢語りする』
 「ひかり出でん」とは、夢の中で見た須彌山を巡る「月」「日」のことである。「皇子が生まれて、その皇子もついには即位することであろう。そうすれば姫宮は皇后である、そしてあなたは国母の母。まさにその時が近づいている。
 今こそ私がかつてみた夢をあなたに語ろう」
と。


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