源氏物語

源氏物語たより303

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   緻密、遠大な伏線   源氏物語たより303

 紫式部の伏線の立て方は極めて緻密であり、用意周到である。時にはさりげなくまた大胆に、またある時は実に遠大な伏線を敷く。
 
 『若菜』の巻に、四人の女性が女楽を催す場面がある。紫上の和琴、明石君の琵琶、明石女御の筝の琴、女三宮の琴(きん)の琴の合奏である。その席に光源氏の息子・夕霧が呼ばれる。素晴らしい演奏に、夕霧は『耳驚き侍る』と感嘆の感想を源氏に述べる。
 その女楽の後、子供たちを同じ車に乗せて家路をたどりながら、夕霧は内心こう思うのである。
 『我が北の方(雲居雁)は、故大宮(雲居雁の祖母)の教へ聞こえ給ひしかど、心にもしめ給はざりしほどに、(大宮と)別れたてまつり給ひにしかば、ゆるらかにも弾きとり給はで、をとこ君の御前にては恥じてさらに弾き給はず。・・子供のあつかひをいとまなくつぎつぎし給へば、をかしきところもなくおぼゆ』
 雲居雁は、夕霧と結婚する前には祖母の大宮から琴を習っていたのだが、じっくり習いもしないうちに祖母と別れてしまった。そのため琴の技量もなく、夕霧の前では、恥ずかしくてとても弾く気などなかった。しかも、子供が次々にできてしまったので、その扱いに精一杯、とても琴どころではなかった。だから、「私の妻には風流なところなど微塵もありはしない」ということである。雲居雁にとってはいささか酷な感想ではあるが、分かる気もする。
 夕霧と雲居雁は、筒井筒の熱愛の結果結婚した。しかし、八年も経つと夫婦の間には秋風が立ち始める。この「それとなき不満」が、夕霧をして、風雅を理解する女に引き寄せていく原因になるのだ。
 夕霧が、友人・柏木の未亡人である落葉宮を尋ねた時に、彼女は「想夫恋」を弾く。この琴が夕霧の心を刺激する。そしてついに落葉宮の虜になってしまうのだ。
 六条院の女方とは百八十度違って、生活の垢のしみついた潤いのない妻への「それとない不満」が、落葉宮への恋情を誘引していくという宿運を、女楽は背負っていたのである。

 「遠大な伏線」と言えば、明石入道と源氏のつながりであろう。
 源氏はわらわ病の治療のために、北山に籠っている有名な聖を尋ねた。街中では疾うに散ってしまった桜が、北山にはまだ残っていて、その眺めは「絵のように美しい」と源氏は感動する。すると、源氏の供人たちは、
 「いやいやこれはまだまだ。諸国にはこれ以上の素晴らしい海山の景観がいっぱいありますよ。富士の山、何がしの嶽・・」
などそれぞれ、自分の知識を源氏に披歴する。
 これらの供人の中に、播磨守の息子・良清がいた。彼は明石の海の素晴らしさを源氏に吹聴する。その話の中で、元播磨守の話が出てくる。元播磨守は、現在は出家していて入道の身。その入道には娘がいると彼は話す。
 この北山での入道と娘の話が、何と六年後に、源氏が須磨に流れて行った時に現実のこととして登場してくるのである。六年後のために構想を立てておくとは随分気長なことである。

 ところが、さらに遠大な構想が張り巡らされるのだから驚く。それは、やはりこの明石入道に関わる話である。入道は、須磨に流れてきた源氏に娘を是非とも奉るのだと、息巻いて彼の妻に話す。これを聞いた妻は、天皇の子という都の貴人と、明石という田舎生まれの娘が相応しかろうはずはなかろうと、夫を強く非難する。すると入道はこう言って憤る。
 『え知り給はじ。思ふ心異なり』
 意味は「どうせお前には分かりはしまい。俺の考えはお前などとは全く異なるのだ」ということである。ここで彼が言う「俺の考え」とは一体どういうものであるのかは、この場面では全く分からない。それが分かるのは、何と十五年も後のことなのである。
 入道は、娘・明石君が生まれた時に壮大な夢を見た。その夢というのは、やがてはこの娘が帝にかかわりを持つ恐れ多い存在となるであろうというものであった。事実、明石君は源氏と結婚し、その姫君が東宮の女御となり、この女御が皇子を生むのである。いずれはこの皇子は天皇になるであろう。彼の夢見は当たるのである。
 長い間、彼はこの夢見を誰にも伏せていたが、皇子が生まれたのを機に、明石君に告げる。これほど遠大な「考え」では、現実主義の彼の妻が考え及ぶはずはない。

 このような遠大な伏線を、紫式部はどの段階で構想したのだろうか。もちろんその証になるようなものはどこにもありはしない。
 源氏物語は、『若紫』の巻から書き始めたのではないかということがよく言われる。『帚木』や『空蝉』『夕顔』などの巻は後に挿入されたものであろうという説だ。そうかもしれないがこれも確証があるわけではない。
 『若紫』に「明石」を登場させたのは、明石入道を導くものであったことは十分考えられることだ。なぜなら、良清の話があまりに唐突で、具体的過ぎるからである。
 それでは後者の『須磨』の巻を書いている時に、『若菜』の巻のことを構想していたのだろうか、となるといささか難しい問題になってくる。ただ、入道がはっきりと「俺の考えなどお前に分かりはしないだろう」と、『心をやりて(得意然と)』妻に言っていたということは、どこかでこれを登場させるつもりであったことは確かである。でもそれが十五年も後に出て来るとは、なんとも悠長な話である。

 「夕霧」のようなそれとない緻密で用意周到な伏線の立て方が、源氏物語に自然さと必然性を生んでいるのだ。またそれが読む者に、単なる夢物語ではない奇想天外な話ではない、真実感、現実性を持ったものだと感じさせることになるのであろう。
 また、「明石」に関わるような大胆にして遠大な構想力が、読者を虜にし、読む者の血を沸かす結果になっているのである。
 紫式部という人間の底知れない深さに圧倒されるばかりである。


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