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源氏物語

源氏物語たより207

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   冷泉帝の退位 『若菜下』③  源氏物語たより307

 冷泉帝は二十八歳をもって退位した。二十八歳と言えばまさに壮年期で、国を統べるには最も充実した年齢であろうと思われるのだが。十歳の時に光源氏の圧倒的な後見を得て即位し、その在位期間は十八年にも及んでいるのだから、決して短いとは言えないのだが、それにしても退位するにはいかにも若い感じがする。
 ちなみに、平安時代に入ってから紫式部が生きていたであろうまでの十九人の天皇の在位期間を調べてみた。桓武天皇から後一条天皇までである。もっとも長い在位は醍醐天皇の三十三年、次いで桓武天皇と一条天皇の二十五年。そして短いのが冷泉天皇(実在の天皇)と花山天皇の二年である。十九人の平均在位期間は約十三年であるから、冷泉帝の十八年は、むしろ長い方である。

 冷泉帝はこんな理由のもとに譲位した。
 『次の君とならせ給ふべき御子おはしまさず、もののはえなきに、世の中はかなくおぼゆるを。心やすく思ふ人々にも対面し、わたくしざまに心をやりて、のどかに過ごさまほしくなむ』
 退位に当たっての天皇の感慨としては、いかにも頼りない理由で、これだけではその本意を読み取ることは難しい。
 最初に理由としたのが、「次の帝となる子供が自分にはいないので、何か張り合いのない感じがする」ということである。帝には子供が一人もいなかった。したがって自分の子孫の繁栄などは考えられない。これ以上位に就いていてもさして華々しいこともない、という思いからなのだが、理解できないではない。歴史上にもこんな思いをした天皇は多かったのではなかろうか。また、子があるないに関わらず、摂関の思惑などに遠慮して、自分の子に位を継がすことができず、栄えない思いをした天皇もいたはずだ。しかしこれが退位の理由では誠に弱いと言わざるを得ない。
 次に上げた理由は、「世の中は空しく頼りにならないもので、自分の将来や寿命もどうなるか分からない」ということである。この後に
 『日頃重く悩ませ給ふことあり』
とあるから、帝はこのところ重く病んでいたようで、それが「世の無常」を覚えさせたのだろう。これもよくあることであるし、病気が理由では退位も仕方がないことである。
 それでは、最後の理由はどうだろうか。天皇という立場が「わたくしざま」を許さないものであることは当然のことである。特に摂関時代の天皇はみな自分の意志を通すことなどできずに「ところせき」思いをしていたであろう。だから、譲位して親しい人たちに何のこだわりもなく会い、自由に気ままに過ごしたいと思うのもむべなるかなである。
 しかし一代の天皇ともあろう者が、親しい人々に自由に会いたいとか気楽な生活をしたいということを退位の理由にしたのでは、なんとも情けないことである。こんな人が十八年間にわたって天皇をやっていたのかと思うと、その気概のなさに愕然としてしまう。長嶋茂雄が巨人軍を去る時のような毅然たる意志を示してほしいものである。

 これらの理由が果たして位を去るにあたっての冷泉帝の本音なのであろうか。どうも裏がありそうな気がしてならない。また物語の空間を読ませていただけるなら、その裏を推測してみようと思う。

 冷泉帝は、源氏の圧倒的な後見を得て、国を統べてきた。源氏は事実上の摂政・関白であった。そのためにさしたる悩みもなく無事に位に就いていられたのであろう。しかし考えてみれば、それは源氏のしがらみから抜け出せない存在であったとも言えるのだ。源氏という傑物のおかげで、帝には自主・自由が与えられていなかったということである。それが自然に最後の「わたくしざま」や「のどかに」という理由となって上がってきたのだろう。
 帝に子供がなかったのも、物語上の宿命であった。なぜなら、彼にもし皇子がいれば、その子が当然東宮になるであろう。そうなると源氏の孫が皇位につくことはは極めて難しくなってしまう。帝の子(源氏の孫)に明石姫君(源氏の子)を入内させるというようなことは、歴史的には珍しいことではないが、いかにも血が濃すぎるし、明石女御との歳の差の問題もある。
 それに最も大事なことは、帝に子があれば、万世一系の皇統に傷がつくことになることである。源氏は確かに皇子であり、帝に王の血は繋がっているが、なにしろ不義の子なのである。源氏は、そういう皇統をどこかで断ち切らねばならいという義務を負っている。彼(物語)は、帝に子を生ませないということでこの義務を完遂したのだ。いくら物語とはいえ、子を持つことを許されない帝とは、哀れである。

 次に帝の病について改めて考えてみよう。今まで物語には帝が病んでいたという記述はなかった。もし体の病であるならば、何らかの記述があってしかるべきである。ということは、その病は精神的なものと考えるのが妥当になってくる。
それでは帝の精神的な悩みは、どこから来ているのであろうか。これも源氏に由来すると考えるしかないだろう。
 その一番の悩みは、帝が自分の出生の秘密を知っているということである。その事実を夜居の僧から聞いた帝は、あまりのことに絶句している。この時、精神錯乱してしまったのだろう、源氏に譲位を申し出る。源氏はもちろん「いとあるまじきこと」と拒絶するのだが。
 神をも欺く恐ろしい秘密を帝は背負うことになった。それが公になれば身の破滅である。まさか源氏がそれを公にすることなどありえないことなのだが、いずれにしても生殺与奪の権は源氏が握っている。源氏の意に逆らえないのは当然のことである。
 この秘密を知ったのは十四歳の時で、それ以降の十四年間は、恐らく帝は針の筵の思いであったろう。その精神的な圧迫は計り知れないものであったはずだ。
 源氏の孫(明石女御の生んだ皇子)も十歳になった。自分が退位しない限りこの皇子は東宮になれない。聡明で思慮深いようである冷泉帝が、源氏の思いを斟酌できないはずはない。前述の恐ろしい秘密から逃れるためにもよき機会であると、退位を決めたのであろう。それは、源氏というしがらみから離れることでもあった。
 それならなぜ早く退位しなかったのかという問題が残るが、それは明石女御の生んだ皇子の成長を待ったということが考えられよう。あるいはそこにも源氏の暗黙の統御があったのでは、と読んでも面白い。
 帝は心から「自由」が欲しかったのだ。自由を得れば「わたくしざま」のことにのどかに打ち込むことができる。「心をやる」とは「気ままにする」ことであり「気を晴らす」ことである。帝の深層に巣食っていた悩みは、並大抵なものではなったのだ。

 この冷泉帝の感慨に触れるにつけて、思い出すのが三条天皇の次の歌である。
 『心にもあらで憂き世を永らえば 恋しかるべき夜半の月かな』
 この歌の解釈について、非常に適切と思われるものがあるので、まずそれを引用させてもらおう。高橋睦郎著『百人一首 恋する宮廷』(中公新書)である。
 「一天万乗という位にあっても、いやむしろその位にあるからこそ、諸事不如意のこの憂き世。位を去りたいばかりかこの世にも別れたい思いだが、もしこの内心の願いにもかかわらず生き長らえることにでもなったら、今宵ここで不自由な目で眺めた真夜中の入りぎわの月が、さぞ恋しく思い出されるに違いない」
 三条天皇は、十一歳で一条天皇の時の東宮になり、なんと二十五年間も東宮のままでいたのである。一条天皇の在位が二十五年間の長きにわたったためである。一条天皇の崩御で、天皇の位が回ってきた時にはすでに三十六歳。それはそれで仕方がないのだが、位に就くや否や藤原道長の圧迫が激しくなった。道長は、娘・彰子の生んだ敦成親王(御一条天皇)を一刻も早く天皇にしたかったのである。そのために陰に陽に嫌がらせを繰り返した。三条天皇は、側近にこう語ったという。
 「道長は私のために無礼極まりなく、食事も喉を通らず、眠れぬ時があり、不安でしょうがない(龍谷寿著 『日本の歴史 王朝の貴族』集英社)」
 道長のごり押しに破れて、結局わずか五年で、敦成親王に譲位してしまう。そしてその翌年崩御しているのだ。先の歌は譲位に当たっての心境を詠んだもので、今辛い心境で眺めている月さえ、命永らえれば、恋しく思うことになるだろうというのである。絶望的な哀しみがほとばしり出た名歌である。三条帝は目を患っていた。

 もちろん光源氏を道長になぞらえることなどできることではない。冷泉帝は、源氏に寵愛されていて、源氏から嫌がらせを受けることなど考えられないことである。それに、帝は自らの意志で譲位している。三条帝の悲惨さ、無念さとは質が全く違う。
 ただ常に源氏への「気遣い人生」を送っていたかもしれないということで、主体的に生きることのできない不如意の哀しみは、二人の天皇に共通しているような気がしてならないのだ。


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