源氏物語

源氏物語たより310

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   女三宮は天女 『若菜下』⑤ 源氏物語たより310

 朱雀院の五十の賀の祝いに、女三宮を行かせようとした光源氏であるが、ただ行くだけでは能がない。.何か趣向を凝らそうと考え、宮に琴の琴(きんのこと 七絃)を弾かせようと思いつく。宮の琴の演奏が上達した所を院に見てもらおうという魂胆である。そうすれば、「源氏は、我が娘を理想的に育てていてくれる」と院はお喜びになるはずである。それこそが源氏のところに宮を降嫁させた目的なのだから。
 ところが、幼いままに源氏のところに来てしまった宮の琴は誠に頼りない。そこで源氏による琴の猛特訓が始まった。その結果、
 『心もとなくおはするやうなれど、やうやう心得給ふままにいとよくなり給ふ』
のであった。
 源氏はさらに、昼はどうもせわしない、夜もゆっくり落ち着いて奏法の真髄を身に付けるさせるのだと意気込み、
  『あけくれ教へ聞こえ給ふ』
のである。何しろ源氏は、幼い頃からどんな分野でもおぼつかないものがないようにと、その道々の専門家を呼んで習いまくった意欲家、努力家である。絵にしろ横笛にしろ彼の技量は、その道の専門家も舌を巻くほどの達者である。殊に彼の琴の琴は名人の域。
 その彼が教えまくるのだから、さすがに女三宮の琴の技量も向上した。そこで、源氏はこう言って褒める。
 「最近の若い連中のは、どうも上辺だけ気取った感じの奏法ばかりで、深みがない。それに比べると、
 『この御琴(宮の琴)の音ばかりだに、伝へたる人おさおさあらじ』」
と。宮は、
 『何心なくうち笑みて、嬉しく、「かく(源氏が)ゆるしたまふほどになりにける」と思す』
のである。その道の達者である源氏から認められたのだから、それは喜ぶのは当然である。
 ところが、源氏の目には宮はこう見えるのだ。
 『二十一、二ばかりになり給へど、なほいといみじく片なりに、きびはなる心地して、ほそくあえかに、うつくしくのみ見え給ふ』
 「かたなり」とは「未熟」、「きびは」とは「子供っぽい」、「あえか」とは「弱々しい」という意味である。
 「二十一、二歳にもなったというのに、まだひどく未熟で子供っぽい。ほっそりしていて弱々しく、ただひたすら可愛く見えるだけ」
ということである。源氏の目には、宮はどうにもならないほほどの子供に映るのである。彼の目には、宮に対する侮蔑の光りが宿っている。素直に褒めるだけにしておけばいいのにと思うのだが。

 私には、「何心なくうち笑み」なさる宮の、なんと純真で天真爛漫なことかと思われるのに。褒められたことを素直に喜ぶ、それは無垢の天女の姿である。女三宮という女性は、生まれながらの天女だったのだ。疑うことを知らず、人を憎むこともなく、穢れたこともまた不幸せことも関係ない天女なのだ。朱雀院が出家に際して、彼女のことが心配で心配でならなかったのも、疑うことを知らない純真さゆえだったのかもしれない。

 女三宮は、この後、破滅の道を歩かなければならなくなるのだが、彼女には何一つ責任はないのである。
 幼いがゆえに、二十六歳も歳の離れた源氏に降嫁することになり、その源氏には「片なりだ」、「思慮不足だ」と侮られ疎外され続けてきた。
 自分の人生を大人の思惑によって翻弄されてしまう。でも、そのことへの不満を彼女が一度でも漏らしたことがあっただろうか。蹴鞠の日にたまたま立ち姿を夕霧と柏木に見られてしまうという、当時とすれば考えられない失態をしてしまうのだが、考えてみれば、あれも宮の「蹴鞠を見たい」という幼い純真さからのものなのである。

 そして乳母子である軽薄な小侍従の手引きによって、柏木に体を奪われるという取り返しのつかない過ちを犯してしまう。しかしこれとても彼女の責任ではない。
 過ちを犯してしまった後、柏木からの手紙を、こともあろうに源氏に見られてしまう。そのことを知った小侍従の憎々しい言葉はどうだ。小侍従は言う。今回ばかりでない、蹴鞠の日に柏木に見られてしまったのも
 『すべて(あなたの)いはけなき御有様』
が元であると罵るのだ。そもそも柏木の手紙を女三宮に無理に見せようとしたのは、小侍従なのだ。にもかかわらず、自分の責任は棚に上げて、「みなあなたの幼さのせい」と決めつける。

 あたら天女を、大人や周囲の者が寄ってたかって穢してしまった。思慮の足りなかったのは、彼女を取り巻く大人であり、女房たちであった。


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