源氏物語

源氏物語たより311

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    王朝絵巻の粋~女楽~ 『若菜下』⑥  源氏物語たより311

 女三宮は、父・朱雀院の五十の賀の祝いに行くに際して、父院に琴の琴(きんのこと)の実力のほどを聴いてもらおうと、光源氏の徹底的な指導を受ける。その結果、ようよう彼女の技量も高いレベルに達した。
 そこで、宮が朱雀院のところに行く前に、六条院の女性がたに、それぞれ得意の楽器を受け持たせ、合奏させることを源氏は考え付く。いわゆる「女樂」の催しである。それぞれ楽器の担当は次の通りである。
 女三宮~琴の琴(きんのこと 七絃)
 紫上~和琴(六弦)
 明石女御~筝の琴(十三弦)
 明石君~琵琶
 明石君は琵琶の名手であり、宮は源氏の特訓を受けている。当代最高の女性がたによる弦楽四重奏である。

 この催しに花を添えたのが、女童たちである。それぞれの女性がたが、殊に容姿の優れた女童を選りすぐり、彼女たちに衣裳の限りをまとわせ、参加させることになった。紫上から参加する四人の女童は、赤色の上着、桜の汗衫(かざみ)、薄色の織物の衵(あこめ)、浮き文の袴、紅の単衣。明石女御からのは、蘇芳襲(すおうがさね)の汗衫、唐の綾織りの表袴、山吹色の唐の綺の衵・・・・。果たしてどのような衣装であるのかはさっぱり分からないのだが、とにかく綺羅を尽くしたものであることは確かである。
 そればかりではない。権門の男童たちも侍らせ、笙の笛や横笛で調子を取らせようというのだ。
 時は夕暮れ、桜は満開。女楽には最高の舞台装置となった。
 『ゆえあるたそがれ時の空に、花は去年(こぞ)の古雪思ひ出でられて、枝もたわむばかり咲き乱れたり。ゆるらかにうち吹く風に、えならず匂ひたる、御簾のうちの薫りも吹き合はせて、鶯さそうつま(手がかり)にしつべく、いみじき御殿のあたりの匂ひなり』

 夕霧が源氏に召された。夕霧に、女性がたの琴の緒の調子を整えさせようというのである。彼は鮮やかな直衣に香を焚きしめ、麗しく控える。これで万全の体勢が整った。
 あとは演奏が待たれるばかりである。
 そしてついに女楽が始まった。明石君の琵琶はさすがものの上手で、神さびてさえいる。紫上の和琴は親しげで魅力的、明石女御の筝の琴はまた美しく優雅である。
 さて、女三宮はどうだろうか。彼女の演奏も極めて滑らかなものであった。他の女性がたの楽器に見事に調和して微塵の狂いもない。
 夕霧は、あまりの素晴らしさに、思わず美しい声で歌いだしてしまった。源氏もつられて扇を打ち鳴らして夕霧に唱和する。

 『夜の静かになりゆくままに、いふ限りなくなつかしき夜の御遊び』
となった。月の出も遅い頃なので、
 『灯篭こなたかなたに懸けて、火よきほどに灯させ給へり』
 こうして見事な女楽が終わった。源氏は女性がたのところに入っていって、それぞれの麗しき有様を嘆賞して回る。夕霧は御簾の外。それでも演奏の様子から女性がたの姿を思い浮かべ、あれこれ想像をたくましくする。
 『夜更け行くけはひ冷やかなり。臥待ちの月、はつかにさし出でたる』
ころ、源氏と夕霧の音楽論が始まる。

 完璧なる王朝絵巻である。『紅葉賀』の巻の源氏と頭中将の「青海波の舞い」や『胡蝶』の巻の「舟楽」も王朝絵巻の極みであったが、平安時代の一流貴族たちの生活の何と高尚で典雅で優美なことであろう。後の絵師たちも、この雅を自己の絵に尽くすべく絵筆を奮った。江戸時代の土佐光吉や土佐光則が、王朝絵巻の様を実に精緻に再現している。源氏物語の世界は「かくや」と思わせるものである。源氏と頭中将の「青海波」の舞姿などは、実に優美なもので、その動きと共に楽の音まで伝わってくる気がする。
 また「舟楽」では、舟に乗っている楽人の賑やかな演奏や女房たちのさんざめきが聞こえて来るようである。
 しかし、何か足りない。それはやはり雅なものの裏にある影というものではなかろうか。もちろんそんなものが絵で再現されるはずはないのだが、源氏物語に流れているものは、物語の裏にある悲しさや哀れや人の醜さ欲心などである。
 「青海波」を舞いながらも源氏の心を占めていたのは、藤壺宮に対するよこしまな思いである。『胡蝶』の巻の舟楽は、源氏の驕りであり帝以上であろうとする欲心である。
 『若菜下』の巻の絢爛豪華な住吉詣でや、今回の高尚、典雅な「女樂」の裏に流れているのは、紫上の哀しみである。紫上は、女楽を心から楽しんでやっていたのだろうか。恐らくそうではあるまい。和琴を演奏しながら、これも「住吉詣で」の時のように、私は「ついでの演奏者に過ぎないのだわ」と思っていたのではないだろうか。その思いが、女楽の夜、源氏との語らいの中で
  『心に堪えぬもの嘆かしさのみうち添うや』
と言わしめたのではあるまいか。
 爛熟の極みは腐乱である。「月満つればすなわち虧(か)く (史記)」の理である。女楽は源氏の栄耀栄華の頂点であった。この王朝絵巻の場面を読むたびに、思い浮かぶのが芭蕉の
 『面白うてやがて悲しき鵜舟かな』
である。「女楽」は「鵜舟」になぞらえられる。


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