郷愁
杖つくり人のひとり言
杖作り人の独り言
手作りの杖が、百本ほどある。
素材になっている樹木の種類は、エゴノキ、ニワトコ、ミズキ、ムラサキシキブ、シロダモなど五十余種。
珍しいところでは、白神山地のブナ、富士山の金剛杖(これは手作りではない、買ったもの)、箱根・やすらぎ公園のハコネウツギ(サンショクウツギ?箱根にはハコネウツギは自生しないという)、箱根・矢倉岳のヤシャブシ、大磯・高麗山のカゴノキ、鎌倉中央公園のタニウツギなどである。
ごく最近、大学の同級会が東京で行われ、二日目に大学の跡地(現在は筑波に移ってしまった)に寄った。ここに「占春園」という公園が残っているが、学生時代、時に憩に行ったところである。そこになんと杖にするにはもってこいのネズミモチの枝が伐採されていた。枯れ具合もちょうどよかったので、早速家に持って帰って杖に作り上げた。ネズミモチなどは平凡な樹木であるが、今はなき大学の跡地から持ってきた杖ということで良い記念になるはずだ。
作り方は、比較的に簡単で、樹皮の表面の汚れを布ヤスリで軽く落とし、透明のラッカーを塗るだけ。樹皮の表面は、長年の風雪に汚れているが、布ヤスリで軽く汚れを落とすと本来の色が現われる。布ヤスリのかけ方がやや微妙で、強く磨き過ぎると本来の樹皮の色や模様が消えてしまう。
これに透明ラッカーを塗ると、信じられないほどの色合いを出す樹木がある。もっとも激しい変化を見せるのが、エゴノキだ。薄汚れた樹皮が、あたかも職人が磨き上げた家具のような光沢を出す。ガマズミやサンシュウなども同じように暗褐色に変わって、なかなか貫禄がある。梅や桜も、民芸品の茶筒の表面のような品のある色模様になって楽しい。樹皮の模様でいえば、絶品は、ミズキだ。この木の若い枝は表面に意図的につけたのではないかと思われるような小さな斑点や線があって、それがラッカーを塗ることで、黒や褐色の樹皮に浮かび出てくる。
使いやすい杖の条件は、長さ、真っ直ぐさ、太さ、重さが適切であることだ。
長さは1,22メートルが理想である。山を下る時には、ある程度の長さがないと困る。それが1,2メートルなのだ。だが、そこまで真っ直ぐに育った枝や幹はなかなかない。
太さは当然のことながら手の握りにあうのがいい。私には直径2,5センチくらいのものがちょうど合う。
重さは、できるだけ軽いこと。250グラムくらいまでのものが良い。カシ、イヌシデ、ケヤキ、ムラサキシキブなどは重くて、山の途中で捨てしまいたくなる。重いのは家庭用にするとよい。ウツギは軽いがややもろいので気を付けなければいけない。急な坂道での使用は御法度である。
なぜそれほど杖にこだわるのかと言えば、二つの理由がある。
一つは、野山を歩くことが多い私にとって、樹木や野草の名を覚えることは必須のことだからである。せっかく山野に親しんでいても、山路の木や草の名さえ知らないのでは彼らに失礼な気がするのだ。おかげで、今杖になっている樹木のほとんどの名は知っている。それでも不明なものが五、六本あり、それらには申し訳ないと思っている。
名を覚えると、今度はそれらの樹木の特徴を知りたくなる。
野山で春一番に葉を開くのがマユミだ。昔、この木から「弓」を作ったところからついた名だというが、あまり信じられない。なぜなら、この木は弓になるほど真っ直ぐな幹にはならないからである。マユミの杖は、樹皮がニシキヘビのような独特は模様をしている。
ニワトコは、芽出しのころの葉が食べられる。てんぷらにするとおいしい。所々に人の骨の関節のような節があり、別に「接骨木」ともいう。外用薬や生薬になるという。この樹皮は淡い黄土色だが、そこに縦じまの線が走っていて、その縦じまの線のために握り具合が抜群である。また、幹の真ん中が空洞(コルク状の白いものが詰まっている)になっているので、きわめて軽く、持ち歩きに最適である。「ウツギ(空木)」の親戚のようなものだ。
そういえば、ウツギ類の杖は何とも軽い。私の持っている一本などは、幹の中央の八割方がまるで空洞で、持っていることを忘れる。タニウツギは太平洋側にはないそうだが、鎌倉中央公園で手に入れたものを、以前白神山地に持っていったことがある。その時我々を案内してくれたマタギが、
「この地方では、タニウツギを死者のお棺の中に入れる」
と説明してくれた。死者が、あの世へ旅立つには軽い杖でないといけないからだそうだ。人々の死者に対する優しい思いやりである。
このように樹木の名を知り、その特徴が分かってくると、相手に対して愛着がわく。それがひいては自然を愛する心に繋がっていくものと思っている。
二つ目の理由は、その用途の多さだ。列挙してみよう。
〔杖の役〕これは当たり前のことであるが、とにかく杖があると山路歩きの負担が半減する。それに下りでは衝撃が和ら ぐ。それに転倒防止になる。
〔露払いの役〕 雨上がりや早朝の山路は露が多い。それを払い払い行く。
〔蜘蛛の巣払いの役〕 夏の山路には蜘蛛の巣が張り巡らされている。
〔草薙の剣〕 公園の雑草を薙ぎ払って歩く。これもすべて歩きやすいようにという人様への配慮からである。
〔危険物除去〕 山路には時に得体のしれないものが落ちていることがある。それを突いて確認したり、退けたりする役 目である。先日は近くの公園の道を、超特大の青大将が横切っていたので、早く山の中に入るよう尻尾を 杖で撫でて上げた。
[集団的自衛] 厚木飯山の白山の尾根を歩いている時、数十匹という猿の集団に遭遇した。西の谷から東の谷に移動 していく。三、四匹の猿が杉の木の上で偵察している。渡り終わるのを待っていたが延々として途切れな い。堪忍の緒が切れて、杖を振り上げ、地面をどんと突いたら、偵察猿もすごすご去っていった。
〔指示棒〕 人に、野草や樹木や野鳥の名などを教えてあげる時に、指で指示したのではどこを指しているのかはっき りしないことが多い。そんな時にこそ力強い助っ人になる。
〔木の実採り〕 アケビやヤマブドウ、ヤマグワ、ムクなどの実を杖に引っかけて取ったり、叩き落としたりして食べる。そ ういえばムクに実の味は何物にも勝る。
〔ハンガー〕 山登りなどの帰り、満員電車の中で、リックサックを肩から下ろし、杖の頭に引っ掛けて楽をする。
つい最近のことである。老人会の演芸部(実質は演歌部)の人が私の杖を借りに来た。市の演芸大会に出演する演目を「水戸黄門」にしたからだという。歌いながら若干の演劇を入れ、黄門様役が杖を持つことになったのだそうだ。私は躊躇なく「アカザ」の杖を提供した。手元のところにごつごつしたこぶがあるので、いかにも黄門様がいつも持っていられるもののように見えるのだ。
平安人たちは、扇をさまざまな用途に使った。扇は風を起こすだけのものではない。顔を隠したり音楽の拍子を取る時の楽器にしたり、時にはカンニングペーパにしたりもした。
杖も万能である。でもまさか黄門様の杖になるとは思いもしなかった。
かつてイギリス紳士たちはみな杖(ステッキ)を持っていたものである。それが紳士のたしなみであったのだ。私の杖は百本にもなってしまったから、そろそろ売りに出そうかと思っているが、あるいは我が老人会のすべての人に配って、イギリス紳士の向こうを張るようにした方がいいかもしれない。でもみな黄門様に見えてしまうかもしれない・・し。
手作りの杖が、百本ほどある。
素材になっている樹木の種類は、エゴノキ、ニワトコ、ミズキ、ムラサキシキブ、シロダモなど五十余種。
珍しいところでは、白神山地のブナ、富士山の金剛杖(これは手作りではない、買ったもの)、箱根・やすらぎ公園のハコネウツギ(サンショクウツギ?箱根にはハコネウツギは自生しないという)、箱根・矢倉岳のヤシャブシ、大磯・高麗山のカゴノキ、鎌倉中央公園のタニウツギなどである。
ごく最近、大学の同級会が東京で行われ、二日目に大学の跡地(現在は筑波に移ってしまった)に寄った。ここに「占春園」という公園が残っているが、学生時代、時に憩に行ったところである。そこになんと杖にするにはもってこいのネズミモチの枝が伐採されていた。枯れ具合もちょうどよかったので、早速家に持って帰って杖に作り上げた。ネズミモチなどは平凡な樹木であるが、今はなき大学の跡地から持ってきた杖ということで良い記念になるはずだ。
作り方は、比較的に簡単で、樹皮の表面の汚れを布ヤスリで軽く落とし、透明のラッカーを塗るだけ。樹皮の表面は、長年の風雪に汚れているが、布ヤスリで軽く汚れを落とすと本来の色が現われる。布ヤスリのかけ方がやや微妙で、強く磨き過ぎると本来の樹皮の色や模様が消えてしまう。
これに透明ラッカーを塗ると、信じられないほどの色合いを出す樹木がある。もっとも激しい変化を見せるのが、エゴノキだ。薄汚れた樹皮が、あたかも職人が磨き上げた家具のような光沢を出す。ガマズミやサンシュウなども同じように暗褐色に変わって、なかなか貫禄がある。梅や桜も、民芸品の茶筒の表面のような品のある色模様になって楽しい。樹皮の模様でいえば、絶品は、ミズキだ。この木の若い枝は表面に意図的につけたのではないかと思われるような小さな斑点や線があって、それがラッカーを塗ることで、黒や褐色の樹皮に浮かび出てくる。
使いやすい杖の条件は、長さ、真っ直ぐさ、太さ、重さが適切であることだ。
長さは1,22メートルが理想である。山を下る時には、ある程度の長さがないと困る。それが1,2メートルなのだ。だが、そこまで真っ直ぐに育った枝や幹はなかなかない。
太さは当然のことながら手の握りにあうのがいい。私には直径2,5センチくらいのものがちょうど合う。
重さは、できるだけ軽いこと。250グラムくらいまでのものが良い。カシ、イヌシデ、ケヤキ、ムラサキシキブなどは重くて、山の途中で捨てしまいたくなる。重いのは家庭用にするとよい。ウツギは軽いがややもろいので気を付けなければいけない。急な坂道での使用は御法度である。
なぜそれほど杖にこだわるのかと言えば、二つの理由がある。
一つは、野山を歩くことが多い私にとって、樹木や野草の名を覚えることは必須のことだからである。せっかく山野に親しんでいても、山路の木や草の名さえ知らないのでは彼らに失礼な気がするのだ。おかげで、今杖になっている樹木のほとんどの名は知っている。それでも不明なものが五、六本あり、それらには申し訳ないと思っている。
名を覚えると、今度はそれらの樹木の特徴を知りたくなる。
野山で春一番に葉を開くのがマユミだ。昔、この木から「弓」を作ったところからついた名だというが、あまり信じられない。なぜなら、この木は弓になるほど真っ直ぐな幹にはならないからである。マユミの杖は、樹皮がニシキヘビのような独特は模様をしている。
ニワトコは、芽出しのころの葉が食べられる。てんぷらにするとおいしい。所々に人の骨の関節のような節があり、別に「接骨木」ともいう。外用薬や生薬になるという。この樹皮は淡い黄土色だが、そこに縦じまの線が走っていて、その縦じまの線のために握り具合が抜群である。また、幹の真ん中が空洞(コルク状の白いものが詰まっている)になっているので、きわめて軽く、持ち歩きに最適である。「ウツギ(空木)」の親戚のようなものだ。
そういえば、ウツギ類の杖は何とも軽い。私の持っている一本などは、幹の中央の八割方がまるで空洞で、持っていることを忘れる。タニウツギは太平洋側にはないそうだが、鎌倉中央公園で手に入れたものを、以前白神山地に持っていったことがある。その時我々を案内してくれたマタギが、
「この地方では、タニウツギを死者のお棺の中に入れる」
と説明してくれた。死者が、あの世へ旅立つには軽い杖でないといけないからだそうだ。人々の死者に対する優しい思いやりである。
このように樹木の名を知り、その特徴が分かってくると、相手に対して愛着がわく。それがひいては自然を愛する心に繋がっていくものと思っている。
二つ目の理由は、その用途の多さだ。列挙してみよう。
〔杖の役〕これは当たり前のことであるが、とにかく杖があると山路歩きの負担が半減する。それに下りでは衝撃が和ら ぐ。それに転倒防止になる。
〔露払いの役〕 雨上がりや早朝の山路は露が多い。それを払い払い行く。
〔蜘蛛の巣払いの役〕 夏の山路には蜘蛛の巣が張り巡らされている。
〔草薙の剣〕 公園の雑草を薙ぎ払って歩く。これもすべて歩きやすいようにという人様への配慮からである。
〔危険物除去〕 山路には時に得体のしれないものが落ちていることがある。それを突いて確認したり、退けたりする役 目である。先日は近くの公園の道を、超特大の青大将が横切っていたので、早く山の中に入るよう尻尾を 杖で撫でて上げた。
[集団的自衛] 厚木飯山の白山の尾根を歩いている時、数十匹という猿の集団に遭遇した。西の谷から東の谷に移動 していく。三、四匹の猿が杉の木の上で偵察している。渡り終わるのを待っていたが延々として途切れな い。堪忍の緒が切れて、杖を振り上げ、地面をどんと突いたら、偵察猿もすごすご去っていった。
〔指示棒〕 人に、野草や樹木や野鳥の名などを教えてあげる時に、指で指示したのではどこを指しているのかはっき りしないことが多い。そんな時にこそ力強い助っ人になる。
〔木の実採り〕 アケビやヤマブドウ、ヤマグワ、ムクなどの実を杖に引っかけて取ったり、叩き落としたりして食べる。そ ういえばムクに実の味は何物にも勝る。
〔ハンガー〕 山登りなどの帰り、満員電車の中で、リックサックを肩から下ろし、杖の頭に引っ掛けて楽をする。
つい最近のことである。老人会の演芸部(実質は演歌部)の人が私の杖を借りに来た。市の演芸大会に出演する演目を「水戸黄門」にしたからだという。歌いながら若干の演劇を入れ、黄門様役が杖を持つことになったのだそうだ。私は躊躇なく「アカザ」の杖を提供した。手元のところにごつごつしたこぶがあるので、いかにも黄門様がいつも持っていられるもののように見えるのだ。
平安人たちは、扇をさまざまな用途に使った。扇は風を起こすだけのものではない。顔を隠したり音楽の拍子を取る時の楽器にしたり、時にはカンニングペーパにしたりもした。
杖も万能である。でもまさか黄門様の杖になるとは思いもしなかった。
かつてイギリス紳士たちはみな杖(ステッキ)を持っていたものである。それが紳士のたしなみであったのだ。私の杖は百本にもなってしまったから、そろそろ売りに出そうかと思っているが、あるいは我が老人会のすべての人に配って、イギリス紳士の向こうを張るようにした方がいいかもしれない。でもみな黄門様に見えてしまうかもしれない・・し。
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