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源氏物語

源氏物語たより318

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    柏木の文を手にした源氏の心境  『若菜』⑪  源氏物語たより318

 女三宮の部屋のしとねの下から見つけ出した男手の手紙を、光源氏は矯(た)めつ眇(すが)めつ眺めて見ては、もの思いにふける。

 これほどあらわな恋文などあろうか、ひょっとすると柏木の筆跡に似た女房の代筆かも知れない。しかしそれにしては言葉遣いの華やかなこと、柏木の文であることに間違いはない。柏木は若いころから源氏にむつれ親しんできたから分かるのである。
 手紙には、長年の思慕の様子やその本意が叶ったこと、またなかなか逢うことのできない辛さなどが綿々と綴られていて、艶書としてはなかなかなものである。「それにしても」と源氏は思う。
 『いとかくさやかに書くべしや』
 こんなにはっきり艶書と分かるように書くべきであろうか、これでは紛失してしまった時に大事に至る。そうなれば相手も傷つけることになってしまうではないか。私(源氏)も、懸想文は随分書いたがいつも書く時には、それとあらわには分からぬように省略しつつ書き紛らわして書いたものだ。と思うと、柏木の人となりの浅慮が軽蔑されてくる。

 そして彼の思いは、今度は女三宮へと巡って行く。それにしても女三宮を今後どう扱って行ったらいいのだろうか。妊娠もこのような柏木との過ちによってなのだと思うと辛さは例えようがない。その事情を私自身が知ってしまった今、許すことなどできるはずはないし、昔ながらの気持ちで夫婦関係を続けていけるものではない。
 そして、彼は一般論としての男女関係に思いを馳せる。
 男の方が、なおざりのすさびごととして付き合っている女でも、その女が自分以外の男と関係を持つことは快いものではない。まして女三宮はまったく事情が異なっているではないか。何とも身分不相応なことを柏木はしでかしてくれたものだ。
一方の女三宮だってそうだ。帝の妃だって過ちを犯すということは昔からあったが、それはそれで事情が違う。宮仕えしている男が、御用の関係で行き来するうちに、妃と心を交わすようになることは仕方のないこと、女御・更衣の中には思慮の足りない者がないとはいえない。そんなことで、男女の関係を続けながら宮仕えすることだってあり得る。
 しかし、女三宮の場合は違う。私がこの上なく大事な人として扱っている人なのだ。紫上以上に貴い方、かたじけない人としてお世話申し上げているのだ。にもかかわらずこのような過ちを引き起こしてしまって、と思うと
 『爪はじきせられ』
るのである。「爪はじき」とは、「親指の腹に人差し指の爪をかけて弾くこと」で、人をうとんじ恨む時の仕草である(角川書店 古語辞典)。源氏の憤懣をよく表している言葉である。
 彼の思いはさらに続く。妃と言えども様々で、中には帝の寵を得ない者もいる。そういう方は日頃心満たされず寂しい思いをしているはずだ。そんな状況の時に、情深い男のささやきごとに靡かないとも限らない。そして互いに情を交わすこともあろう。けしからぬ行為とはいえ、情状酌量の余地はある。
 ところが、女三宮は、たかのしれた柏木如きに心を寄せた。まことにもって癪なことではあるが、困ったことには、これを微塵も表情に表わすことができないということだ。一人で忍ぶしかない。
 などと思っているうちに、故桐壺院のことに思いが至る。ひょっとすると自分と藤壺宮のことも、故院は知っていられたのかもしれない。それにもかかわらず知らぬふりをしていたのではなかろうか。
  『その世のことこそは、いと恐ろしくあるまじき過ちなりけれ、と近きためしを思すぞ、恋の山路は、えもどくまじき御心まじりける』
  「恋の山路はえもどくまじき」とは、「恋の山路に踏み迷ったとしても、それは外の者が、非難などできないことなのだ」という意味。
 ここで、源氏は自らの過ちに思い至り、柏木と女三宮の情事も、決して非難できるものではないことなのだ、とようやく理性に立ち帰ることができたのだ。あちらに行きこちらに行き、随分深い思索の末にたどりついた結論のようである。

 ただ、源氏の考えにはいくつかのところで、自分本位のごまかしがある。それに気が付いていない源氏ではなかろうと思うのだが「自らに安く」というのがこの世の常というものなのであろう。
その一つは、女三宮の扱いである。彼の心には女三宮の存在などほとんどなかった。表面的には確かに彼が言うとおり「丁重に畏れ多いものとして」遇してきた。しかしそこには一片の愛情すらないのだ。いやむしろその幼さやあはつけさを侮蔑さえしている。その意味では、女三宮は「帝寵を得られなかった妃」と同じ立場なのである。
 そして、もう一つは、藤壺宮との密通である。これは柏木と女三宮との密通と比較できないほどの罪の重さである。藤壺宮は源氏の「義母」であり、その夫は、彼の父親なのである。この罪過は未来永劫に雪がれるものではない。
 そして最も肝心なことは、この後の源氏の行動である。女三宮に対しては肺腑に突き刺すようなねちねちした無情な訓戒を垂れ、柏木に対しては、辛辣な皮肉を浴びせる。この訓戒と皮肉によって、女三宮は耐えられずに出家の道を選び、柏木は重く病みつき死の道へと旅立っていく。
 「恋の山路は、えもどくまじ」
と思い至ったかに見えたのだが、現実には二人への憎しみと恨みは少しも消えていなかったのだ。

 それにしてもなんとも綿々索々たる心理描写であることか。



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