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源氏物語

源氏物語たより322

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    「本地垂迹」って何?  源氏物語たより322

 光源氏は、須磨において想像を絶するほどの猛烈な暴風雨と雷に十日余にわたって見舞われた。彼は心身困憊(こんぱい)の極に達した時、ついに神頼みをする。須磨に近い住吉神社の神に向かってこう祈るのだ。
  『住吉の神。近き境を鎮め護り給ふまことに跡を垂れ給ふ神ならば、助け給へ』
  住吉神社は、大阪の住吉にあり、祭神は、上筒男命(うわづつのおのみこと)ほか二神と神功皇后で、海上の守護神として名高い。主に航海者の安全を守ってくれる神である。(和歌の神様でもある)  
須磨からは四十キロ余りという近さなので、源氏は「近き境を鎮め護り給ふ」と、祈りの頭に持ってきたのだが、問題なのは祈りの後半の言葉で、
 「まことに跡を垂れ給ふ神ならば」
とは、どういう意味だろうか。源氏はなぜストレートに「住吉の神よ、我を救い給へ」と祈らなかったのだろうか。
 実はこれは「本地垂迹(ほんじすいじゃく)説」から来ている考え方で、広辞苑によれば
  「日本の神は、本地である仏・菩薩が衆生救済のために姿を変えて、迹(あと)を垂(た)れたものだとする神仏同体説。平安時代に始まり、明治時代の神仏分離により衰えた」
ということだそうである。それぞれの神社は、神話や歴史上の人物を神として祭ってあるのだが、それらの神々は、元々(本地)は、仏や菩薩であって、衆生救済のために仮の姿(神)となって現われたものであるというのである。明治時代までこの説は続いていたということなので、ごく最近まで日本人の当たり前の考え方だったのだ。
 たとえば、伊勢神宮(本宮)の祭神は天照大神であるが、実はこの神は阿弥陀様の仮の姿であるとか、石清水神社の祭神である応神天皇と神宮皇后は、実は観音菩薩の仮の姿であるとかいったことで,神と仏が同体化していたのだ。
 さて、住吉神社の祭神は、先の上筒男命ほか三神なのだが、この神は、大威徳明王の仮の姿だという。この大威徳明王は、不動明王などと並んで、五大明王の一人で、
  「西方を守り、衆生を害するすべての毒蛇、悪竜を摧伏(さいふく)する 広辞苑」
仏であるという。

 このことを理解した時に、初めて源氏の祈りの意味が分かってくる。住吉神社の本地は大威徳明王で、すべての毒蛇・悪竜を摧伏(屈服)させる仏であるから、源氏は十日余にわたる暴風雨雷を「毒蛇」「悪竜」の仕業と捉えて、その毒・悪を摧伏してくれるよう大威徳明王に祈ったのだ。

 神というものは不思議な存在で、必ずしも人間に「福」だけをもたらしてくれるものではない。時には禍をもたらす。いや、神のもたらす禍は誠に恐ろしいものなのである。神をないがしろにしたり侮ったりすると、荒れ狂い、甚大な禍をもたらすことがある。それを鎮めるためには多くの奉物が必要となる。神社によく酒を奉納するのは、清めのためではなく、神の怒りを鎮めるための奉物なのかもしれない。
 神にはいろいろの禁忌があって、それを犯すと罰が当たる。私のよく行く公園の杉の木の前に、万葉集の次の歌が掲示されている。
 『うま酒の三輪のはふりが忌(いは)ふ杉 手触れし罪か 君に逢い難く』
 「うま酒の」は三輪にかかる枕詞で、三輪神社は酒の神であるというところから出ている。その三輪神社には大きな杉の木があって、三輪神社の神官(はふり)が、恐れ敬い(忌ふ)大切に扱っている神木だそうだ。今でもこの杉にはしめ縄が張られているという。(ちなみに酒屋さんの軒に杉玉が吊るされているのは、この三輪神社のゆかりである)
 万葉集の歌の意は、三輪神社の禁忌の神木である杉の木に手を触れてしまったためか、恋人になかなか逢えないという嘆きを詠ったものである。この場合は、恋人に会えないくらいの罰だからいいのだが、時には神は、雷となって人々を恐れさせ、天変地異を起こして人々の命に係わるような害を与えることもある。
 ところが、仏・菩薩が人に害を与えるということはない。「仏罰」という言葉はあるにはあるが、「阿弥陀様の怒りに触れて」とか「お釈迦様の罰に当たって」などということは聞いたことがない。本来、仏・菩薩は人に罰を与えるものではなく、人を救うことがその使命だからである。
 でも考えてみれば、仏が、人に慈悲を垂れ福徳をもたらしていただけでは、人は怠惰になってしまう。「南無阿弥陀仏」と唱えていれば救われるのでは、人間は進歩がなくなり努力しなくなる。
 そこで、神様が登場してきて、時には人に苦難や苦悩や災害を与えて罰するのだ。すると、源氏のように神罰にために疲労困憊の極みに達して、神や仏に手を合わせて自らの罪に対して許しを乞うことになる。そこから過去に対する反省の気持ちや将来に向かっての真摯な態度が生まれてくる。
 「禍福はあざなえる縄の如し」ということわざがあるが、神と仏は、あたかも「父は厳しく、母は優しく」のように、あざなえる縄の如く共同作業をしているのだ。源氏は、住吉の神と共同作業をしていられる大威徳明王に一心におすがりしたのだ。
 源氏が真剣に祈る姿を見た供人たちは
 『どよみて諸声に、神・仏を念じたてまつる』
のである。「どよみて」とは、大声を出してということで、みな一緒になって大声で「神よ!仏よ!」とお祈り申し上げたのだ。決して住吉の神だけに祈ったのではない。
 それでもしばらくは雨風、雷は止まなかったが、やがて
  『やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も見ゆ』
という神・仏の効験が現われた。そればかりか、桐壺院が源氏の夢枕に立ち、今後取るべき方向を指し示してくれたのである。彼はこうして絶体絶命の困苦から蘇生することができた。これひとえに住吉の神と大威徳明王の救いのお蔭である。
 また明石入道はその結果、娘を源氏の嫁にするという果報を得た。それは長年の住吉信心とたっぷりの奉物のおかげである。大威徳明王もにっこり見ていたのかもしれない。  
 当時の人々は、神と仏を一体のものとしてごく自然に敬い、救いを求めていたのである。これが「本地垂迹」というものの姿である。


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