源氏物語

源氏物語たより325

 ←源氏物語たより324 →源氏物語たより326
    源氏物語と僧侶   源氏物語たより325

 源氏物語の中で、僧侶がしばしば嘲笑の対象になったり愚弄されたりしているのはどういうことであろうか。
 結論から言えば、それは変化することをなくしてしまった僧侶というものの持つ必然的宿命である。つまり変化しないものは物語の「くさはひ(材料、あるいは面白味)」とはならないからだ。
 私は今、源氏物語を徹底して「変化」という面から見ようとしている。その結果、今まで見えなかったものが見えてきたし、分からなかったことが「ああ、そういうことだったのか」と理解できるようになってきた。僧侶の問題もその一つである。

 ものごとは変化するからこそ面白いのだ。
 たとえば、恋愛にしても、そこに男女の苦悩や葛藤や喜びや悲しみなど様々な変化があるから面白いのであって、変化しなくなった幸せな恋愛は、恋愛ではない。時には相手を疑い時には相手を頼り、そして時には深く愛してみたり幻滅したり、あるいは絶望に陥ったりする。そういう変化が物語の「くさはひ」となり、そこに物語の限りない魅力が生み出されるのだ。韓国ドラマなどは、時代物にしても現代物にしても、恋というものの「変化の相」のてんこ盛りである。
 物語は人の幸せを語るものではない。もちろん時には、家庭の幸せなどを描いた明るく爽やかな変化の乏しいドラマもある。しかし、こういうドラマは相当上手に作らないと読者に飽きられてしまう。
 自然も、変化するからこそ面白いのだ。木の葉が芽吹き、花が咲きそして散る、やがて秋には落葉する。そういう変化が人の感傷を誘うのだ。いつも変わりなく美しい造花は、造花でしかない。そういう物は、最初こそ興味をそそるが、何日かすれば最初の時のような興はなくなり、やがて目も留めなくなる。
 またどんなに美しい風景でも毎日見ていれば飽きが来る。それ故に、人々は住み慣れたわが家を離れて、わざわざ不便な旅に出るのだ。
 人生や人事も同じだ。日常の状況と大きく変わる時に、人の心は揺り動かされる。離別などはその典型で、別れほど人の涙を誘うものはない。死別も生別も。安定した人生や固定化した人事に魅力はない。

 私は今、「あはれ」をも「変化する相」という視点で見ている。「あはれ」は「しみじみとした情趣」という意味で、哀しいにつけ嬉しいにつけ起こる心情であるが,多くはもの・ことが変化する時、あるいは日常と大きく状況が変った時に覚える感興である。その視点で源氏物語を見てみると、いろいろ新しい姿が浮かび上がってきて、この物語は、やはり『変化の相』を中心として描いたものだという思いを強くする。

 いつか「末摘花は脇役か」という文章を書いたことがある。一般的にはそう見られているようで、最近二人の国文学者から、
 「末摘花は脇役ではありますが・・」
という言葉を聞いている。私は決してそうではないと確信している。彼女は立派な主役なのである、と。
末摘花は、葵上と並んで、光源氏に疎まれた女性である。なぜ疎まれたのか。それは、源氏の目には、彼女たちが変化しない存在として映ったからである。このことは「たより264」を見ていただければ理解していただけるものと思う。六条御息所も、当初は源氏が随分夢中になった女性である。しかし時とともに源氏の情愛は変わってしまって、源氏にとっては疎ましい女性に映り、誠につれない扱いをするようになる。それは、彼女に変化がなくなって、新鮮な感動がなくなったからだ。

 それでは、このような点から今回の主題である僧侶の問題について考えてみよう
 源氏物語の上では、僧侶らのほとんどが、好ましい存在としては扱われていていない。まずその例として二つの場面を上げてみよう。
 一つは、柏木が、源氏の一睨みと辛辣な皮肉に、心身を耗弱させてしまって寝込んでしまう場面である。彼の病を心配した父親(かつての左大臣)は、名高い僧を数多く招いて、病気平癒の祈祷をさせる。ところが病状は進むばかりで一向に改善しない。
 そこで、世に知られず山に籠っているような修行者まで呼んでくる。ところが効験あらたかなはずの葛城山から招いた験者などは、柏木の目には
 『丈高やかに、まぶしつべたましくて、荒らかにおどろおどろしくて、陀羅尼読む』だけなのである。「まぶしつべたましく」の意味は不明だが、文章の前後から推測して「目付きのひどく冷酷な」とでも取っておけばいいのだろう。そんな験者に柏木は心中こう嘆く。
 『いで、あな憎や。罪の深き身にやあらむ。陀羅尼の声の高きは、いとけ恐ろしうて、いよいよ死ぬべくこそおぼゆれ』
病気平癒の祈祷が、病気増幅の祈りになっているというのだから皮肉である。彼はたまりかねて、几帳台から滑り出てしまう。陀羅尼は柏木にとっては耐えがたい苦痛でしかないのだ。これは効験あらたかな修験の僧をも全く信じていない証拠である。

 もう一つの場面は、薫が、宇治の八の宮を尋ねた時だ。
 八の宮は、桐壺帝の第八皇子であるが、世に入れられず宇治に隠棲し、俗聖のように行い澄ましている人である。薫はそんな生き方を慕って宇治を尋ねるようになったのだが、やはり予想に違わず八の宮は立派な行い人であった。それに比べて本当の僧を薫はこう批判する。
 『聖だつ人、才ある法師などは世に多かれど、あまりこはごはしう(堅苦しい)、気遠げなる宿徳(高徳)の僧都、僧正の際は、世に暇なく、きすぐ(愛想がない)にて、ものの心を問ひあらはさむも、ことごとしく覚え給ふ。
 (またそれほどの僧ではないが、戒律などはしっかり保っているという点ではご立派な僧でも)気配いやしく、言葉だみて(訛っていて)、こちなげにもの馴れ(無骨で馴れ馴れしい)たる、いとものし(不快)』  
 高徳の僧はいつも忙しくて愛想がなく、仏法の真理を聞きたいと思っても、仰々しいばかりで聞きにくい。また戒律は守っていてそれなりにご立派な下級の僧ともなると、品がなくて無骨で馴れ馴れしく、嫌味な感じがする、というのだ。
 これはあくまでも薫の、僧侶に対する印象ではあるが、一般的な感慨であったとも取れる。少なくとも紫式部はそう思っていたはずである。

 この他にも、源氏と藤壺宮の秘密を、冷泉帝に漏らしてしまった夜居の僧などは、何とも不埒であるし、落葉宮の母の病気平癒の祈祷をした僧の、鼻高々で物欲ふんぷんたる嫌味な言動、また紫上の死を確かめもせずに、ほろほろと山に帰ってしまう僧集団・・いずれも紫式部の目には手に負えぬ僧として描かれている。最後の件では、紫上蘇生のために源氏にはっぱをかけられた僧の祈祷の様子を
 『頭よりまことの黒煙を立てて』
と皮肉られているのだ。彼らは源氏にはっぱをかけられて、初めて真剣になった。このように紫式部は僧侶をてんから信じていない。

 唯一温かい目で見られているのが、宇治十帖に登場する横川の僧都である。『往生要集』を表わした恵心僧都源信がモデルと言われる人物である。彼は、縁もゆかりもない浮舟が悩んでいると聞くと、山籠もり中だというのに比叡の山から下りてきて、浮舟の心を救う。彼は、一般の僧とは違って自在な精神の持ち主なのである。

 さて、僧侶は、なぜここまで紫式部によって批判され、揶揄され、貶められたのであろうか。それは僧侶というものが、変化とは無縁の存在だからである。いや「無縁」と言ったのでは語弊があるかもしれない。彼らは積極的にまた意図的に「変化すること」を止めようとする存在だからと言った方が当たっている。
 僧になるということは、この世のさまざまな係累を断って、安心立命の境地に至ることだ(もちろんこれだけに集約されるものではないが)。彼らは仏に帰依し、ひたすら読経し清浄な心境で勤行する。欲も得も捨てて、泰然自若の境地を得ようと精進する。言い換えればそれは心を乱さないこと、もの・ことに心が動くことを極力抑える行為に他ならない。「あはれ」を覚えない「諦め(諦観)」の世界に住することである。だから西行はこんな歌を詠ったのだ。
  『心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮』
 ものに感動する心を捨ててしまった僧侶には、秋のあはれも春の桜の華やかさもない。そんなことにいちいち感動していたのでは、僧侶失格である。西行は、確か「秋の望月の下で死にたい」とも詠っていたはずだが、完全なる僧侶失格である。
 彼らは、墨染めの衣を着て、酒も飲まず粗食をし、女には目もくれず、諸欲を捨て、ひたすら単調な修行を繰り返す。そこには「変化」の要素など微塵もない。もの・ことに心を動かされまいとする行為に他ならないのだから。それは、「涙、涙」の源氏物語の世界とはおよそかけ離れたことなのである。

 源氏物語には「出家」という言葉が、しばしば登場する。源氏も何度出家を口にしたことだろう。源氏が関係した女性たちも大半が出家している。ところが、出家してしまった途端に、出家後の姿は描かれなくなる。空蝉などはその典型で、出家後はいるのかいないのか分からない存在になってしまう。朧月夜も朝顔もみんなそうだ。それは「出家」」という人生の大変化そのものが、物語には大事な要素なのであって、出家した途端に物語としての「くさはひ」はなくなるからだ。
 物語の目的は、出家するかいなかの心の揺れであって、出家してしまえばそれ以降は変化の乏しい生活が続くだけだから、問題にならなくなってしまうのだ。紫上を決して出家させなかったのもこんなところに原因があるだろうし、『雲隠』の巻で、出家したはず(?)の源氏の姿が全く描かれないのもこんなところに理由がある気がする。
 薫の行動の軌跡も可笑しい。あれほど「この世を捨てたい」と言って、俗聖の宇治八の宮に師事していたのに、ある日突然変わってしまって、出家とは対極にある恋の世界に溺れていく。百八十度の急旋回である。それは彼が出家してしまっては、物語が終わってしまうからでもあるが、出家そのものは別に問題にはならないからである。
 
 紫式部は、実に広範な知識の持ち主であるし、探究心旺盛な人物である。彼女にすれば、出家後の世界、つまり修行の様や仏教の教義について語れないはずはない。しかしそれを描かなかったのは、そこには変化がないためである。そういう世界は物語としての「くさはひ」にはなり得ないのである。もし出家以降を描こうとすれば、破戒の僧を描くしかなくなるだろう。

 紫式部にとっては、高僧然としている僧侶や、「私は立派に戒律を守って修行三昧に明け暮れております」などという僧侶を見ると、鼻持ちならなくなって、批判と嘲笑の血が騒ぐのであろう。彼らの奥に隠された物欲や名誉欲がほの見えたりすると、つい笑い者にし、僧侶というものの実態を暴きたくなるのだ。江戸中期の心学者・布施松翁の『松翁道話』に  
 『気が詰まって面白うない。抹香くさいというて』
という言葉があるそうだ(広辞苑)。誰が対象になっているのかはこれだけでは分明ではないが、「抹香くさい」とあるから、僧侶のことを言っているのであろう。僧侶というものは、十年一日抹香ばかり、変化なく面白味のない生活を繰り返している存在だということだ。
 心頭滅却して物に動じない僧侶の世界は、風流韻事を追求する源氏物語の世界とは相容れないものだったのである。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 郷愁
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏
もくじ  3kaku_s_L.png 源氏物語
  • 【源氏物語たより324】へ
  • 【源氏物語たより326】へ
 

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【源氏物語たより324】へ
  • 【源氏物語たより326】へ