源氏物語

源氏物語たより327

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    発想の柔軟さ活用の巧妙さ  源氏物語たより327

 紫式部が、「引き歌」の技法を使って物語の内容を一層深めていることについては、今更述べるまでもないことである。引き歌は
 「周知の古歌のイメージを重ねて、詩情を時間的・空間的に拡大し、その効果を高めるところに目的がある(小学館 完訳日本の古典)」
のだが、紫式部が引用する資料は、和歌のみでなく催馬楽や漢詩や史記、あるいは日本書紀や老子などにもいたる。その活用は実に多彩でありまた巧みである。
 紫式部は、物語を綴って行く過程でそれらを引用するということが多かったのだろうが、逆に、古歌などのイメージが先に彼女の意識にあって、それに基づいて物語を作っていくこともあったのではなかろうか。『桐壷』の巻などは明らかに『長恨歌』がベースになっている。恐らく、『長恨歌』が最初から彼女の頭の中にあって、それにのっとって『桐壷』の巻を構成して行ったと考えられる。また『若紫』の巻が、『伊勢物語』の第一段を下敷きにしていることはよく言われるところである。
 それは現代では「盗作」に当たると言ってもいいのかもしれないが,しかしそのことが紫式部の価値を落とすことには全く当たらない。むしろさまざまな文献を引用することで、詩情を拡大し、物語に深みを与えているのだ。どこかの科学者の博士論文とは基本的に異なるのである。

 『総角』の巻に、誠に的確な引用で、しかも笑ってしまう場面がある。
 最愛の大君を亡くした薫は、京に帰ることもせず、宇治に籠って哀しみに浸りながら、大君の七日七日の法事を営んでいる。
 雪のかきくらし降る日、彼は、
 『ひねもすにながめ暮らして、世の人のすさまじきことに(殺風景なと)言ふなる十二月の月夜の、曇りなくさし出でたるを、御簾巻き上げて見給へば・・(雪深き)四方の山』
が、鏡のように映っている汀の氷に月影も映って何とも美しい。京の情景よりもはるかに趣深い。彼は思う、「こんな情景を大君と一緒に見ることができたらどんなに楽しいことだろうか」と。悲哀に胸も裂けんばかりで、彼はこんな歌を口ずさむ。
  『恋ひわびて死ぬる薬のゆかしきに 雪の山にや跡を消(け)なまし』
  「あの人が恋しい。いっそうのこと恋死にしてしまいたい。死ぬ薬がないものか。雪の山(ヒマラヤ)にはそれがあると言う。その雪の山に姿を消してしまいたいものだ」という意味であるが、この歌に続く彼のつぶやきとともに、解説のいる部分である。
  『なかばなる偈、教へけん鬼もがな。ことつけて投げん』
 これは『中阿含経』にある話で(大般若経にもある)、釈迦がまだ修行中の身で“雪山童子”と言っていたころのことである。羅刹(悪鬼)が雪山童子の前に現われて、
 「諸行無常、是生滅法(あらゆるものは変転して尽きないもので、これが生滅の法であるということ ~広辞苑~)」
という偈を教えてくれた。雪山童子はその下の半偈を知りたいと思ったが、羅刹は「腹が減っていて教えることができない。人の血と肉とを食うことができれば教えよう」と言う。雪山童子は、躊躇なく自分の身を羅刹に与えようと言う。そこで羅刹は、半偈
 『生滅滅已、寂滅為楽(煩悩を離れた静かな境地(涅槃)生死の苦に対して、その涅槃の境地を真の楽とする意味 ~広辞苑~)』
を教えてくれる。童子が谷に身を投げると、羅刹は身を帝釈天に変え、童子を抱き取る、という話である。
 薫はこの経の話を引いたのである。「なかばなる偈、教へけん鬼」とは、この羅刹のことである。「あの話にあやかって、自分も谷(雪山)に身を投げて死んでしまいたい」と呟いたのだ

 彼は、宇治の「四方の山の雪」を眺めていたが、その雪の山からヒマラヤを思い、またヒマラヤには薬草が多いということで、「恋死にする薬」を連想する。そして、雪山と言えば「雪山童子」である。雪山童子は羅刹に身を投げた、それに倣って私も・・というわけである。
 まあ、恐ろしいほどの連想で、次々よくぞ繋げたものである。。

 実はこの話は、現代人にはあまりなじみがないのだが、当時の人々は誰でも知っていることであった。
 法隆寺の玉虫厨子には、この場面が描かれている。厨子に向かって左側の壁の絵は、雪山童子がまさに羅刹に身を投げるところで、いわゆる「捨身飼虎」である。ひょっとすると「ああ、あれか。うん、見たことがある」と思い出す人もあることだろう。ただその絵の意味まで知っている人はそう多くはあるまい。
 平安時代の人にとっては、なじみの経の場面であるが、それでもこれ程までに連想をたくましくして綴っていく紫式部の才能には、やはり驚嘆するしかない。

 薫が、この場面を自らの恋死にに使ったことを、草子地はすかさずこう皮肉る。
 『心ぎたなき聖心かな』
 薫は、もともと自分の出生への疑惑から、生きることに疑問を感じ、宇治の俗聖である八の宮を訪ねたのだ。ところが八の宮に仏法の奥義を求めようとする目的が、いつか急旋回してしまって、八の宮の娘・大君を求めることが目的になってしまって、仏法はそっちのけ。それなのに、こんなところでゆくりなくもまた仏法を持ち出すとは。
 雪山童子が求めたものは、本物の仏法の奥義である。ところが、薫が身を投げようとするのは、たかだか女への未練な恋心でしかない。雪山童子とは比較にならないほどの低次元である。誠にもって畏れ多くも「心ぎたなき聖心」である。
 そもそも律令では僧尼の「自殺」は厳しい咎めとなっていたのである。



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