源氏物語

源氏物語たより331

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   女三宮の抵抗  源氏物語331

 柏木との密事が源氏に知られるところとなり、源氏の視線や隠微ないじめに耐えられなくなった女三宮は、二十二歳の若さで出家してしまう。
 その二年後、蓮の花の時季に、女三宮の持仏開眼供養の式が行われる。「持仏」とは、「念持仏の略、守り本尊として朝夕にその人が礼拝する仏(広辞苑)」のことで、女三宮の持仏は、阿弥陀仏である。脇侍の観音・勢至菩薩も白檀で、ともに源氏が造った。式のしつらいは、荘厳、華麗を極めるもので、もちろんこれもみな源氏が用意した。
 式の始まりに当たって、源氏の配慮は周到を極める。香の焚き方、式中の所作や心構え、さては子供の扱いにまで微に入り細に入り指図する。女三宮お付きの女房たちは、若い者が多く「あはつけき」ところもあるので気がかりなのであろう。案の定、彼女らは、火取り香炉をたくさん持ってきて、けぶたいほどに焚き、煽ぎ散らしている。すかさず源氏に叱責される。
  『空に焚くはいづくの煙ぞと思ひ分れぬこそよけれ。富士の峯よりもけにくゆり満ち出でたるは、本意なきわざなり』
  「空薫物をする時は、どこで焚いているのかしらと思われるくらいがいいのだ。それを富士の峯の煙のようにもうもうと焚くとは」という意味だが、富士の峯の噴煙とまで言って注意するのだから、いかに思慮なしの女房が集まっているかわかるというものである。でも、若い女房の中には源氏の可笑しな譬えに吹き出す者もいたかもしれない。
 この後、女三宮にも、僧侶の説法や読経を聴聞するに際しての基本的心得を細かに言って聞かせる。その様子は、一見、宮に対する源氏の情愛の深さを感じさせるものであった。
 
 源氏は、持仏堂の仏の飾りつけを見るにつけても感無量になり、宮にこう語りかける。
 「こんな開眼供養をあなたと共に急いでしようなどとは思いもよらなかった。ま、でも、それは仕方のないこと。ただあの世でだけでも蓮の宿りで互いに思い隔てることなく、一連托生、仲良く暮らそうではないか」
 そして、感極まった源氏は泣きながら、こんな歌を宮に詠いかける。
  『はちす葉を同じ台(うてな)と契りおきて 露の別るる今日ぞ悲しき』
  「あの世では同じ台でと契っているからともかく、現在こうして夫婦の関係もなく別れ別れになって暮らしているそのことこそ、私にとっては本当に悲しいことなのです」という未練心と恨み心を詠ったものである。
 すると、宮は、強烈なしっぺ返しをする。
  『隔てなくはちすの宿を契りても 君が心や住まじとすらん』
  「隔て心もなく睦まじく蓮の宿で・・などとおっしゃいますが、あなた自身、私と一緒に暮らそうなどというお気持ちなど、これっぽちもないのではありません」という意味である。なんと言う厳しくも的を得た反発ではないか。宮の哀しさを見てきた読者にとっては、快哉を叫びたくなるほどである。この歌からは、かの「幼く片なり」な宮の姿を片鱗も見出すことができない。実に毅然としたものである
 贈答歌は、相手の歌に反発するように、ひねった甘えた返し方をするのが常であったようであるが、この歌ばかりは、宮の本心がほとばしり出たものである。源氏の歌は、もとより外交辞令に過ぎず、歌の前の言葉とともに、宮の指摘する通り心にもないものであることは明白である。源氏には、あの世で宮とともに蓮の台で過ごそうなどという思いは毛頭ない。彼は、あの世では、紫上以外に一緒に住もうとする女性はいないのだから。そもそも二人も三人も、蓮の葉に乗ったのでは極楽の池深く沈んでしまう。
 で、肝心なことは、宮自身にも、金輪際源氏と一緒にいたくないという心理があることだ。宮が出家したのはそれが目的である。
 秋山虔と三田村雅子の対談『源氏物語を読み説く』(小学館)を読んでいたら、このことに関して述べられていた。三田村は、
 「女三宮の出家は、物の怪のなせるわざであると北村季吟の『湖月抄』にあり、それを秋山先生も肯定していられるが、私はそうは考えない」
という内容である。北村季吟も秋山虔も、「幼く片なり」な女三宮が、突如出家などという恐ろしくも大胆なことを言うはずはない、それは物の怪の仕業以外には考えられいということを言っているらしい。それに対して三田村は
 「人間ってやっぱりギリギリ追いつめられると毅然として言うときだってあるかもしれない」
と言っている。もとより私は、『湖月抄』のその部分も秋山虔の文章も読んではいないが、女三宮の出家は物の怪のなせる業であるなどとは考えてもみなかった。三田村とは観点が違うかもしれないが、源氏の視線の怖さや辛辣な皮肉や陰湿ないじめから一刻も早く逃れたい一心で女三宮は出家したと取っていた。それが自然な読み取り方であるし、その思いは今も変わらない。それに紫式部は、「物の怪の仕業」などという怪奇なことでことを解決してしまうようなことは決してしない。必ず現実的な必然性を持たせて物語を展開させている。

 源氏は女三宮の返歌に対して
  『いふかいなくも思ほしくたすかな』
と苦笑いする。「くたす」とは「けなす」ことで、「せっかく私が心を込めて歌を詠ったというのに、面白くもない歌などを返して来て、私をひどくけなすことよ」という意味である。
 持仏開眼供養の式に当たって、源氏は実に細やかに式にあり方や心構えを女房たちに指図した。それはそれなりに大切なことであるし有難いことなのだが、毎日そばで「ああだ、こうだ」と指図されたとしたら我慢できなくなるというものである。あたかも姑のいびりにあっているようなものだ。
 源氏は、当初からあまりにも「あはつけく」思慮の足りない宮付きの女房どもを指導することは諦めていた。その代わりに、宮の指導だけは丁寧にしようと心がけていた。具体的にどのように指導したかについては物語上にはあまり記述されていないが、恐らく懇切を極めたことであろう。
 そもそも源氏と女三宮とでは、経験も知識も思想も文化程度も、また年齢も雲泥の差があり、宮は源氏の御説を異次元の言葉として聞いていたはずである。とにかく源氏の論理は高尚で晦渋でしかも冗長である。恐らくおどおどするだけで、何の応答もせず、早く話が終わること、早く紫上のところにお帰りいただくことのみを願って、ものにうち臥していたのだろう。だから、源氏があまり通って来ないことは、宮にとってはむしろ幸いなことであったはずだ。
 宮は、柏木との事件がなくても、いずれは源氏から離れたいと思っていたのではあるまいか。あの紫上でさえ、源氏に向かって再三再四出家を願い出でているのだ。その理由は「源氏から離れたい」の一念ではなかったろうか。
 それを源氏は全く理解していない。宮の返歌に対しては「いふかひなきこと」と苦笑いし、紫上の出家の願いに対しては「いとあるまじきこと」と一蹴してしまう。
 「富士の峯の煙」の譬えには、くすくす笑ってしまった女房もいたかもしれないが、毎日聞かされる立場にある者にとっては、いたたまれない言葉である。辛辣な皮肉であり揶揄なのだから。

 でも、宮の返歌には、源氏も少しは心に咎を感じさせられたのだろう、宮に対して憐憫を覚えて
 『はかりなくもかしづききこへ給ふ』
 (この上なく大切になさる)
ようになるのである。



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